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最後だとわかっていたら

毎月のお寺の法話会に行けば、いつか死んでいかなければならないと聞かされ、嫌になってしまうかもしれません。いつか誰も来なくなってしまうのではないかと心配になる時もありますが、月に一度だけでも、自分の死について考える時間があってもいいのではないかなと、思いもします。自分の死を自覚して生きていくということは、後悔のない一日を生きるということでもあります。
みなさんに「最後だとわかっていたら」という詩をご紹介します。この詩は今から約十年前、二〇〇一年九月十一日のアメリカ同時多発テロ事件で三千人もの人が一瞬で命を落とした事件の時に、貿易センタービルに1機目の航空機が激突した後、救助のため、最初にツインタワー内に突入した数百人のレスキュー隊の内の一人で、今も行方不明の消防士(二十九歳)が生前に記したものを翻訳した詩です。
 
あなたが眠りにつくのを見るのが最後だとわかっていたら、わたしはもっとちゃんとカバーをかけて、神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう。あなたがドアを出て行くのを見るのが最後だとわかっていたら、わたしはあなたを抱きしめてキスをして、そしてまたもう一度呼び寄せて抱きしめただろう。あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが最後だとわかっていたら、わたしは その一部始終をビデオにとって、毎日繰り返し見ただろう。あなたは言わなくても分かってくれていたかもしれないけれど、最後だとわかっていたなら、一言だけでもいい、「あなたを愛してる」とわたしは伝えただろう。たしかにいつも明日はやってくる。でももしそれがわたしの勘違いで、今日で全てが終わるのだとしたら、わたしは今日、どんなにあなたを愛しているか伝えたい。そして私達は忘れないようにしたい、若い人にも、年老いた人にも、明日は誰にも約束されていないのだということを。愛する人を抱きしめるのは今日が最後になるかもしれないことを。明日が来るのを待っているなら今日でもいいはず。もし明日がこないとしたらあなたは今日を後悔するだろうから。微笑みや抱擁やキスをするための、ほんのちょっとの時間をどうして惜しんだのかと、忙しさを理由に、その人の最後の願いとなってしまったことを、どうしてしてあげられなかったのかと。だから今日、あなたの大切な人たちをしっかりと抱きしめよう。そして、その人を愛していること、いつでもいつまでも大切な存在だと言うことを、そっと伝えよう。「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を伝える時を持とう。そうすれば もし明日が来ないとしても、あなたは今日を後悔しないだろうから。
 
みなさんどんなふうに感じましたか。毎日死ぬかもしれないと思って生きるのは、ちょっと辛いことかもしれません。ですが、その真実に目をそむけて生きていると、きっと後悔してしまうでしょう。
 
この詩にもありましたが、言葉一つにしてもそうです。謝るのがくやしくて、ごめんねが言えなかったり、照れくさいから、ありがとうが言えなかったたりした時に、後で言えればいいですが、伝えることが出来なくなったとき、どれほどの後悔をしてしまうでしょうか。
 
だからこそ、死はまさに今自分のこととして考えていかなければいけません。死を今の自分のこととして考えることが出来た時に、はじめて、この一瞬一瞬を大切に生きることができるのです。そして一つ一つの出会いを大切にできるのだと思います。
 
死を考えることは、決して縁起が悪いことではありません。それどころか。自分の人生を真剣に考えていくうえで、一番必要なことなのです。
 
         合 掌

命の帰る場所

なごりおしく おもえども 娑婆しゃばえんきて
  からなくしてをはるとき 、かのへはまゐるべきなり

                 『歎異抄たんにしょう』第9条

親鸞聖人のお言葉を遺された歎異抄の一文です。「死んだら終わり、生きているうちが花」と言われる方がいますが、それではあまりにむなしいいのちの在り方に思えてなりません。確かにこの世に生をうけた限り、誰もが死をまぬがれることはできません。しかし親鸞聖人は、娑婆(人間界)の縁が尽きた時は阿弥陀如来様のお救いによって、間違いなく浄土へ往生(往き生まれる)していくのだとお示しくださいました。
 
これは、阿弥陀如来様の願いであり、仏となられた亡き方からの願いでもあります。「あなたのいのちも、私のいのちも、浄土へ生まれる尊いいのちをいただいているのですから、その尊いいのちを精一杯生き抜いてください」という願いです。決して「死んだら終わり」のむなしいいのちではなく、私達のいのちは、お浄土へと続いているいのちであったと気付かせられる教えです。
 
私には小学校一年生になる娘がおります。だいぶんしっかりしてきました。ある日、テレビでアフリカ難民のドキュメント番組があり、娘と二人で見ていました。その晩、布団の中で娘が「お父さん、あの子まだ赤ちゃんなのに、死んじゃったの」と質問をしてきました。私が「そうだよ。大人になる前に死んじゃう子もいるんだよ。お父さんもいつ死ぬかなんてわからないんだよ」と答えると、泣きだしてしまいました。
 
そこで「お父さんが先に死ぬか、あなたが先に死ぬかもわからないけど、その時には阿弥陀様にお浄土へ連れて行ってもらうんだよ。お浄土で仏様にならせてもらって、いつでもみているから、心配する必要ないんだよ。みんないつかは死んでいかなきゃいけないけど、お浄土で必ずまた会うんだよ。」と、私が幼い頃、祖母に聞かされた言葉を娘に伝えました。娘は目に涙をいっぱいに浮かべて「うん。わかった阿弥陀様はいい人なんだね」と、なんとも子どもらしい返事をしてきました。
 
そして、「そんな阿弥陀様に有難うございますって言う時には、南無阿弥陀仏って言うんだよ」と、二人で布団の中でお念仏を申させていただいたことでした。人間の死を娘に話す事は、少しかわいそうだったかなと後で思いましたが、人間の本当のいのちの姿とは、まさに無常であり、順番通りの保障なんてどこにもありません。
 
だからこそ、私達のいのちの帰る場所を、娘には知っていて欲しかったのです。 お浄土とは、往く者にとっても、残される者にとっても、生と死を超えていのちを通い合わせることができる世界なのです。自分の命の行く末をしっかりと仏法に聞き定め、死んで終わりでない世界があることを、本当の心の慶びとしていただいてまいりたいものです。

今がめでたい

新しい年を迎え、年賀葉書やテレビなど、いたるところで「おめでとうございます」という言葉が使われています。無事年を越して、新年を迎えることができ、目出度いという意味でしょう。ですが、一つの区切りを越したと考えれば、毎年やってくる、お彼岸やお盆でも、無事越すことが出来たという意味では、「おめでとうございます」と言ってもおかしくないような気もします。
さて、ちょっと意地悪なお坊さんのお話です。テレビアニメの一休さんでもおなじみの一休宗純というお坊さんの逸話です。ある裕福な商人が、孫ができたお祝いに、何か目出度い言葉を書いて欲しい、家宝にするからと、一休禅師のもとを訪れました。
 
こころよく引き受けた一休禅師の書いた言葉は、「親死ぬ、子死ぬ、孫死ぬ」という言葉でした。目出度い言葉をお願いした商人は、カンカンに怒って、「死ぬとはどうゆうことだ」と一休禅師を問いただします。すると一休禅師は「では、あなたは、孫死ぬ、子死ぬ、親死ぬの方がいいのですか」と聞き返したそうです。ますます怒って帰ろうとする商人に、一休禅師は続けて「親が死に、子が死に、孫が死ぬ。これほど目出度いことがあろうか、これが逆になったらどうする」と、さとしたそうです。
 
現実、順番通りに死ぬことができるかどうかわかりません。世の中には子供の葬式を出してやらなければならなかった人もいます。それこそ孫を見送らなければならなかった人もいます。そもそも、この順番というもの事態が、最初から無いのです。
 
順番通りにいかなかった時に、その遺族は不幸という考えも、死を不幸な事して捉えていることに問題があるのです。家族や最愛の人が亡くなるということは、大きな悲しみです。しかし、死とはごく自然なことであり、生きているということは、必ず死んでいかなければならないということなのです。
 
だからこそ、今生きている人生を精一杯生き抜いて欲しいという願いが、一休禅師の言葉の中に込められていたのだと思います。私達は、生きている時間に対してあまりにも無頓着で、死をまるで遠い未来の事ように思って生きていませんか。本当にめでたいのは、今私が生きているこの一瞬一瞬。それに気付くことができるのが、仏法との出会いなのです。
 
 

ありがとうの反対語

今年も最後の月を迎えました。今月は「ありがとう」の言葉について考えてみたいと思います。ある先生のお話ですが、「ありがとうの反対の言葉は何だと思いますか」と、学生さんに尋ねると、分からないとう方が多く、「有難うの反対は・・・どういたしましてかな」と、面白い答えが返ってくるそうです。
 
ありがとう、ありがたいを漢字で書くと、「有ること難し」です。ある出来事を「ありがとう」と見ている反対から見てみると、それは「あたりまえ」だそうです。皆さんはお分かりになりましたでしょうか。
 
私達は日ごろの生活を送るなかで、たくさんの事を当たり前として、過ごしてしまっています。例えば、ご飯を食べること、暖かい布団に入って寝ること。他にも、自分が今生きていることや、当たり前のように一緒に家族がいることなど、すべてが当たり前で、特別な事とは、なかなか思うことが出来なくなってしまっているのではないでしょうか。
 
有難いといただく心が起るのは、それが当たり前ではないことに気付くことがなければ、決して起こることのない心なのです。しかしながら、悲しいことに私達人間は、当たり前と思っていることが、当たり前ででなくなるまで、なかなか気づくことが出来ないのかもしれません。
 
以前、奥様を亡くされ、お寺に四十九日のご相談に来られた方が、「妻が生前一緒に居てくれたことは、どれだけ幸せなことであったか、今になって骨身に知らされます。感謝の言葉の一言も言ってあげられなかったことが、悔やまれて仕方ありません」と涙ながらに語っておられました。
 
当たり前と思って過ごしている人生では、幸せが当たり前となり、幸せの中に居ながら、幸せをいただく心のアンテナがだんだんと閉じてしまうのかもしれません。それは人間にとって一番不幸なことなのです。
 
ありがとうではなく、当たり前としか受け取ることができなかった自分に気づき、今自分の周りにあるたくさんの当たり前でないことを、しっかりと見つめていくことで、本当の幸せをいただけるのではないでしょうか。
 
言葉で「ありがとう」というのは簡単です。「人に親切にされたら、ありがとうと言いましょう」という、昔からの道徳も、その言葉自体が大切なのではなく、そこに当たり前でないという感謝の思いが必要であるということでしょう。
 
年の暮れにこの一年を振り返って、まったく当たり前のことなど何一つもなく、有難い日々を送らせていただいていたことを、今一度思い定め、感謝の思いで新しい年を迎えていきたいものです。     合 掌
 

あなたは何処へ向かって歩んでいますか ~報恩講~

今月は報恩講を迎えます。私たちが、お浄土へ生まれていく道を、親鸞聖人がそのご生涯をかけて、求め伝えてくださったご苦労を偲び、私たちに伝えてくださった、阿弥陀如来のお救いを喜ばせていただく、一年で一番大切なご法要です。
 
ですから、古来より、浄土真宗のご門徒の皆様は、毎年欠かさず報恩講を勤めてこられました。親鸞聖人がいてくださったからこそ、生きる喜びを与えてくださる如来様の教えに、出遭うことができたのだと、報謝の想いの中で勤めてこられたのです。皆様に、金子みすゞさんがお作りになられた『報恩講』という詩をご紹介します。
 
「報恩講」
 
「お番」の晩は雪のころ、雪はなくても闇のころ。くらい夜みちをお寺へつけば、とても大きな蝋濁と、とても大きなお火鉢で、明るい、明るい、あたたかい。大人はしっとりお話で、子供は騒いじゃ叱られる。だけど、明るくにぎやかで、友だちゃみんなよっていて、なにかしないじゃいられない。更けてお家にかへっても、なにかうれしい、ねられない。「お番」の晩は夜なかでも、からころ足駄の音がする。
 
金子みすゞさんの生誕の地、山口県長門市というところは、浄土真宗の教えが根付く、とてもご法儀のあつい地域です。その地域の方言では、報恩講を「お番」と言うそうです。
 
報恩講には大人も子供もお寺に集まり、朝までみんなでご聴聞をされ、大きな火鉢とご法話に、大人は身も心もあたたかくなる。子供は、両親や祖父母に連れられて夜道を歩き、ワクワクしながらお寺に着くと、いつもよりも大きなロウソクやたくさんの人を見て、はしゃいでは叱られている。大人も子供もそれぞれ、心温まる嬉しさに、家に帰ってもなかなか眠れない。
 
この詩の風景は、私が幼かった頃の田舎の報恩講と似ていて、なんだか懐かしさを感じる詩です。報恩講は、私達が心安らぐ温かいみ仏の教えをみんなで聴き、みんなで慶びあう、仲間の集いです。そして、お一人お一人がその教えに照らされて、自分自身の姿をもう一度省みる行事でもあるのです。
 
蓮如上人は御文章というお手紙の中で、「報恩講には、みなさんそれぞれが、親鸞聖人の御影の前で、普段の愚かな行いを悔い改め、自分自身を見つめ直してください。それこそが、報恩講の本当の意味であり、すなわち聖人のご恩に報ずるということなのです」と、おっしゃいました。
 
普段は愚痴ばかりでる愚かな私が、まさに救われていく身であったことを気付き、慶びの中にお念仏を申す身にさせていただくのが報恩講のご法縁なのです。
 
また、親しい人を亡くし,その方の為にお寺にお参りするという方もおられますが、それも良いのではないでしょうか。浄土真宗では追悼供養とは言いませんが、身近な人の死を私の導きとして、お寺で自分の命の還る場所、亡き人が還られたお浄土を聞かせていただくことも、報恩講の大切な意味であると思います。
 
親鸞聖人ご自身も、自らの命の向かう場所を探されたご生涯でした。そして、誰しもが救われる如来様の救いに出遭われ、慶びの中にお浄土の道を歩んでいかれたのです。苦しみや悲しみの連続の日々の中で、私達の命の行く末をしっかりと聞き定め、親鸞聖人が勧めてくださった本当の慶びを仏法に聞かせていただくが報恩講の集いなのです。
                                                   合 掌
 

仮の教えと真実の教え

今月のご法話は親鸞聖人のご和讃からお味わいをさせていただきます。

ねんぶつ成仏じょうぶつこれ真宗しんしゅう まんぎょう諸善しょぜんこれ仮門けもん

ごんじつしんをわかずして 自然じねん浄土じょうどをえぞしらぬ

      (高僧和讃)

 

他力念仏のはたらきによって仏にならせていただくのが浄土真宗の教えです。自らの力で、さまざまな修行やもろもろの善行を励んで仏になる事を説く教えは、仮の教えにすぎません。真実の教えと仮の教えとをわきまえる事をしないで、浄土の世界を知ることは到底出来ないでしょうと、自力の教えを往生浄土の本とするのでなく、念仏の教え、如来様のお救いにお任せすることをお勧めくださったご和讃です。

 
さて、如来様のお救いにおまかせすることをお勧めくださった親鸞聖人ですが、そのご生涯は、自力(仮門)の道を歩むことから始まりました。九歳で出家お得度されて、二十年間、比叡山で自力の修行をされました。
 
しかし、親鸞聖人は、自力の道を歩んでいても、自らの苦悩をぬぐいさることは、到底できることではないと気づかれ、法然上人を訪ねて下山されます。そこで、ご本願の他力の教えに出遇われたのです。聖人は法然上人の教えを聴き、たとえその教えが間違いであり、地獄に堕ちることがあっても、私はもともと地獄へ向かう愚かな者であるから、後悔しないとまで言われるほどでありました。
 
法然上人のもとで、真実の教えに出遇った聖人ですが、もし聖人が比叡山での自力の修行をされていなければ、はたして法然上人の教えを本当に受け入れることができたでしょうか。他力の教えとは、まず自分の愚かさを知ることが最も大切なことです。そこで、自力の教えが仮の教えであるというのは、自分一人の力では、なかなかさとりをひらくことのできない弱い存在であることを、私に知らして下さる教え、つまり他力の教えに導いてくださる教えとして意義があるのではないでしょうか。
 
さて、私は病院に行くのが大嫌いです。どなたでも一度は病院に行かれたことがあると思いますが、病院はどのような時に行くのでしょうか。のどが痛いくらいでは、私は行きません。せいぜいうがいをして終わりです。しかし、骨折したとか激痛がやまない時などは、病院に行きます。当たり前の様な話しですが、自分でなんとかなりそうな時は行きません。しかし自分ではどうしようもできない時は、病院に助けを求めます。
 
病気を自分自身の煩悩に、病院を阿弥陀如来様のお救いに置き換えてみると、自分ではなかなか病院に行こうと思わないのと同じように、今すぐ弥陀如来様のお救いにおまかせしようとは、なかなか思えないのかもしれません。その原因は、自分の苦しみは、自分で何とかできると思うのか、はたまた自分が煩悩という病気をもっていること自体を気づいていないのかもしれません。
 
親鸞聖人のご生涯とは、まず自分の苦しみは自分の中の煩悩があるからと気づき、自分ではどうしようもないものということを自力の修行によって知らされたものでした。そして、自分ではどうしようもないものと気づかれたからこそ、阿弥陀如来様の他力のお救いにおまかせされたのでした。
 
仮の教えを聖人自らのご生涯で経験され、そのうえで私たちに他力の教えをお勧めくださっているのです。必ず救うぞとお誓いくださった如来様のお心を聖人のご生涯を通して改めて聴かせていただくことでございました。

門徒物忌み知らず

今月は「門徒物忌み知らず」 という言葉について考えてみたいと思います。
 
まず、「門徒」というのは、一門の徒輩(浄土門、他力の道を歩む仲間)という意味で、阿弥陀如来様の救いを信じる、浄土真宗の信者であることを指します。ですから00寺の門徒ですといえば、浄土真宗のお寺の信者であることがわかります。ちなみに他宗では門徒とは言わず、檀家といいます。
 
次に「物忌み」とは、平安時代に陰陽道の「物忌み」が日本で盛んになった考え方で、災厄や、霊鬼から身を守るための行いのことをいいます。現代でも、特に通夜や葬儀などの仏事には、いわゆる「忌み事」として、あたりまえのように行っていることがあるのですが、多くは死や死者をケガレと見る考え方から来ています。ですが、浄土真宗では、亡くなられた方を仏さまと仰ぎ、その死をケガレとは考えません。ですから、昔から浄土真宗のご門徒の方々は、この「忌み事」を必要のないものとしてきました。そのため浄土真宗以外の方々から「門徒物忌み知らず」と呼ばれるようになりました。   
 
現在でも、初めて葬儀を出される方々は、どうしてそんなことを行うのか、意味も分からないまま行われていることの多い「忌み事」は、本当は死者を冒涜するようなものばかりなのです。
 
例えばお葬式の例ですが、葬儀の後、出棺の際に棺の蓋に石で釘を打つ「釘打ちの儀式」が行われていることがあります。これは「石には霊を封じ込める力がある」という迷信から来ており、死のケガレを石の力によって棺の中に封じ込めてしまおうとするものです。最近では、それ自体も変わってきて、金色のハンマーで釘うちをする葬儀も聞いたことがあります。「もう出てきてはいけませんよ」と、棺の蓋を固定するというのです。「帰ってきてほしい」泣きながらおっしゃっておられたご遺族が、意味も分からずに釘打ちを行う事は、あまりにも悲しく思えます。
 
また、棺を霊柩車に乗せる前にグルグルと三回ぐらい回してから乗せる地方もあります。これは、棺を回すことによって死者の目を回し、今まで住んでいた家を忘れさせるためだそうです。これも「もう帰ってきてはいけませんよ」いう意味なのでしょうが、故人を偲ぶはずのお葬式が、もう邪魔者扱いです。
 
他にも、棺の中にお金を入れる忌み事もあります。昔、六文銭を棺に入れていたなごりのようですが、六文銭を入れるというのは、三途の川の渡し賃だそうです。「せめて三途というひどい世界だけは越えてくれ」といった気持ちが六文銭という渡し賃につながったのだと思いますが、結局は渡ったら帰ってくるなという発想から来ています。
 
出棺を終えた後も忌み事は続き、今度は火葬場への道を、行きと帰りでは変えると い うこともよく聞きます。「同じ道を帰ると亡くなった者がついてくる」と言っ て、家 までの道を覚えさせないために行われているのです。何だかここまで徹底 してくると 、忌み事は故人の冒涜にとどまらず、遺族をも苦しめるようなものに 思えます。
 
 最後には、葬儀や火葬場から帰ると、家の中に入る前に塩を身体にかけるという 忌み事があります。塩にはケガレを落とす力があると神道では信じられており、葬 儀や火葬場に行くと死のケガレがつくので塩を使ってケガレを落としてから入ると いうことだそうです。神道の方は塩を使っても良いと思いますが、我々仏教徒には 必要のないことです。物忌みはこれ以外にも、方角の吉凶、家相、手相、墓相、占 い、まじない、厄払いなど、数え上げればキリがありませんが、すべて迷信俗信の たぐいです。
 
浄土真宗のご門徒の方々は、この物忌みが、親鸞聖人がお示しになられたお念仏の教えとは大きく異なるものであり、これらが死者を冒涜するものであることをよく知っていたからこそ、忌み事を行ってはこなかったのです。我々浄土真宗門徒は、この「門徒物忌み知らず」という言葉を、浄土真宗の誇りであると受け止めてまいりました。しかし、一般的には、この物忌みが今もなお、当たり前のように執り行われているのが現実です。親鸞聖人は、こうした迷信俗信に惑わされている人々を悲しまれ、すでに八百年の昔に、
 
悲かなしきかなや道俗どうぞくの 良時りょうじ・吉日きちじつえらばしめ 
 
天神てんじん地祇じぎをあがめつつ 卜占ぼくせん祭祀さいしつとめとす
 
(正像末和讃)
 
 というご和讃を作られています。意訳すれば、「悲しいことに、今時の僧侶や民衆は、何 をするにも日の良し悪しを気にしてみたり、また天の神、地の神を奉り、占いやまじない などの迷信にかかり果てている」ということです。このご和讃に説かれていることが、科 学の発達した今日でも全く違和感なく受け入れられるところに、人間の根元的な迷いは昔 も今も変わらないということを、私たちに教えてくれています。浄土真宗の門徒に限らず 、真実なる教えに出遭い、根拠のない迷信や俗信に惑わされたり不安になる必要のない人 生を歩んでまいりたいものです。          合 掌

浄土真宗のお盆のいろは

八月はお盆を迎えます。そこで、今月の法話では、浄土真宗のお盆について、よくあるご質問についてのお話です。
 
お盆は何をする行事?
 
お盆は八月十五日を中心にして行われる仏教徒の一大行事です。浄土真宗では歓喜会(かんぎえ)ともいいますが、お盆の由来は、お釈迦様のお説きなった「盂蘭盆経(うらぼんきょう)」という教えがもととなっています。
 
お釈迦様のお弟子様であった目連尊者が、亡くなった母を餓鬼道という苦しみの世界から救い出すお話が説かれています。そのお話を通して、他の誰かではなく、私自身が仏法を聴き、浄土へ生まれる真実の教えに目覚めていくことが、浄土真宗のお盆の本当の意味なのです。
 
そして、尊い仏さまとなられた亡き人を偲ぶとともに、故人に導かれて我々の日常の生き方を省み、命の尊さや、欲を離れた施しの大切さを考える期間でもあります。お世話になったご先祖のために、何かをしてあげたいという気持ちは大切ですが、お盆だからお供えをして、お経を読みさえすれば、それで良いというのではありません。お盆とは亡き人が私たちに残してくださった仏縁の中で、私たち自身が命の喜びをいただく行事なのです。
 
 
お盆は七月?八月?
 
東京と地方とでは、お盆の時期に違いがあるため、関東では、よく耳にするご質問です。旧暦が使われていた江戸時代の頃は、七月十五日前後がお盆の期間とされていましが、新暦に変わった明治以降は、旧暦の七月十五日を新暦にあてはめて、八月に勤められるのが一般的になりました。  
 
ではなぜ、東京では、現在も七月にお盆が行われている地域があるかというと、一説には、江戸っ子は八月まで待てなかったからだそうです。明治政府が取り入れた新暦よりも、それまでの習慣を大切にされたのでしょう。ただ、地方に住んでいる方々にとっては、農作業の忙しい七月よりも、八月の方が都合が良かったため、全国的にお盆は新暦の八月に行われるようになったそうです。
 
ですが、「そうはいっても亡き人がもどってくる時期でないとお盆にならないのでは?いったいいつ帰ってくるのですか」という、ご質問を受けたこともあります。結論からいえば、お盆は七月でも八月でも、どちらでも問題はありません。そもそも浄土真宗では、お盆の期間に亡き方が帰ってくるという考え方をいたしません。というより、すでに帰ってきて、いつでもそばにいてくださるといただきます。ですから,決して私たちのカレンダーの都合でお盆の時期ということではなく、「いつでも、どこでも」なのです。何月にお盆をするかより、私たちがその心強さをいただくことが出来ているかどうかが、何より肝心なのです。
 
 
仏壇のお飾りの仕方は?
 
やはり、お盆で気にかかるのはお仏壇の荘巌(お飾り)です。「お盆のお飾りはどうしたらいいでしょうか」、「ナスやキュウリは必要ですか」、「やっぱり盆提灯くらいは置いた方がいいのでしょうか」など、毎年といっていいほど、この時期になるといただくご質問です。
 
各地の風習もざまざまで、迷ってしまう方も多いかもしれませんが、浄土真宗ではお盆に特別な荘厳はありません。お盆独特のお仏壇の荘厳がないということが浄土真宗の特色ともいえるでしょう。
 
そもそもお仏壇とは、先祖をおまつりするものではなく、阿弥陀如来様をご本尊として安置するところです。私たちは、阿弥陀様によって救われていくのであり、今は亡き方を救われたのも、他ならぬ阿弥陀様です。亡き方を偲ぶ中で、阿弥陀様のみ教えに出遇ったならば、亡き方が今生の命にかえて伝え残してくださったのは、私目身を救って下さる阿弥陀様のみ教えであると、いただくことが出来るのです。
 
そして、その教えに遇わせて下さった亡き方のご恩を思う。それが浄土真宗のお盆なのです。ですから、お盆だからといって、特別なものを用意する必要もなければ、お飾りの心配する必要もないのです。
 
「浄土真宗は楽でいいですね」とおっしゃる方もおられますが、とんでもない。他宗よりも大変です。いつでもどこでも仏となって、帰ってきて下さっているのですから、毎日がお盆といってもいいのです(笑)
 
                    合   掌

如来様から賜る長寿のご利益

 

南無なも阿弥陀仏あみだぶつをとなふれば   このやくきはもなし

流転るてん輪廻りんねのつみきえて    定業じょうごう中夭ちゅうようのぞこりぬ  (浄土和讃)

今月は、親鸞聖人がこの世のご利益を詠まれたご和讃を味わってみたいと思います。

 
このご和讃は、阿弥陀如来様のご本願を信じ、お念仏の人生を歩む中で、この世において限りないご利益をいただくと讃えられ、その中でも特に定業中夭がのぞかれるというものです。
 
定業とは生まれつき決まっている寿命をいい、中夭とは寿命半ばで亡くなることをいいます。ではこの定業中夭がのぞかれるとはいったいどういうことでしょうか。
 
まず、人間の寿命を考える時、一体何歳が寿命であり、何歳までが寿命半ばなのでしょうか。五十歳で亡くなっても寿命であったと考えられますし、八十歳で亡くなっても中夭であるとも考えられます。
 
そもそも人間の死に、寿命や寿命半ばなどを考えること自体、本当は無意味なことなのかもしれません。親鸞聖人が「定業中夭のぞこりぬ」とおっしゃったのは、寿命を尽くすとか、途中で死ぬとかいう命に縛られないことが、この世のご利益であるとおっしゃっているのです。
 
一般的に、長生きすることは素晴らしいことであるように思われ、いつも長生きしたいと思って生きているのが私たち人間です。しかし、ただ長生きするこが、本当に人間にとって幸せなことなのでしょうか。
 
昔、百歳の双子の“きんさん、ぎんさん”という方がおられましたが、百歳のお誕生日の感想を聞かれた時に「うれしいような、悲しいような」とお答になりました。この年の語録賞を受賞した言葉ですが、この言葉こそ本当のところではないでしょうか。
 
周りの人はめでたいめでたいと言うけれども、百歳になって体もいうことをきかなくなり、誰かに支えてもらわなければ生きていけなくなってくる。長生きすればするほど、親も子も、孫までも見送っていかなければならないような、悲しみに出遭うことにもなるのです。ただただ長生きすることが本当の幸せとは、とても言えません。
 
親鸞聖人がいただかれた命の喜びとは、阿弥陀如来様のご本願により、私の命の帰る場所が、もうすでに用意されていることに気付いていくことです。今生の命が尽きる時には、今度は仏として生まれさせていただけるのです。
 
死んで終わりでない命を生きている私であったと、大きな安心の中に生きる人生こそ、本当の幸せな人生であると言われているのです。
 
ですから、ことさら長寿を願う必要もなければ、短命を恐れる必要もありません。生きて良し、死んで良し、どんな死に方になっても良しと、生死に縛られない人生に目覚めていく、そんな如来様から賜る長寿のご利益を「定業中夭のぞこりぬ」と親鸞聖人はお示しくださったのです。     合 掌
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