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立徳寺だより

真実と不真実

 かなしきかなや道俗の 良時吉日えらばしめ 

              天神地祇(てんじんじぎ)をあがめつつト占祭祀(ぼくせんさいし)つとめとす 

   

この御和讃は、親鸞聖人が自らを愚禿(愚かな者)と名のり、自分自身も含めて、人間の愚かな姿、不真実の姿への、悲しみ嘆きの想いを詠まれた御和讃です。「出家者も、在家の者も、日時の善悪や吉凶を気にして、天地の神々を崇拝し、占いなどを真実と思い励んでいる姿は、なんとも悲しいことです」と詠まれています。
 
この御和讃は今から約七百年前に作られた御和讃ですが、現代の人々と、なんら変わりのない姿を表されています。「良日吉日えらばしめ」というのは、占いや迷信によって、この日は良い日、悪い日と心配している姿です。私は僧侶になって十二年になりますが、友引の日に、通夜の勤めをしたことは、いまだかつて一度もありません。ほぼ社会常識のようになってしまっていますが、友引の通夜は、友を連れて行くという心配から、忌み嫌われ、友引に通夜を行うことはまずありません。
 
それはまったく関係のないものなのです。友引に通夜をしなかったからといっても、私たちは、いつか必ず死んでいかなければなりません。迷信には耳を傾けても、その現実からは、どうしても眼をそらせがちなのが、私たちです。
 
占いを信じ、神様などにお願いをするのも、どうにかして死や病といった苦しみを避け、幸福な人生を送る術を捜し求めている、私たちの姿なのでしょう。しかし、私たちのそういった願いの中には、我執という、自己中心的な悪い心が必ず入ってしまっているのです。
 
ある方は、毎日お仏壇の前で、家族の健康を仏様やご先祖様にお願いをしていると、おっしゃっていました。一見すばらしい願いのように思えますが、そこには、私の大切な人、私が好きな人には、健康であって欲しいけれども、知らない隣の家族のことは、知ったこっちゃない。私が嫌いな人の健康なんて、思ってもみないという、悪が存在するのです。
 
幸福を願わない人はいません。しかし、自分の幸福のためなら他人はどうなっても知らないというのは、決してほんとうの生き方ではありません。親鸞聖人は、迷信や占いにすがり、我執の入った願いを繰り返す私たちを嘆き悲しみながらも、自らの姿とも重ねられ、不真実なるものを、あたかも真実と思い続けている愚かな私が、真実に目覚めていく道を勧めてくださっているのです。
 
真実とは因果の法ともよばれ、自然の道理を表します。人が必ず死んでいかなければならないのも真実です。因と縁(条件)がそろえば、病や別れに遇わなければならないのも真実です。お釈迦様がお悟りになられたのは、まさにこの自然の道理なのです。
 
私たちが、この真実に正しく眼をむけ、しっかりと受け入れていくことは、とても大切なことではありますが、実際に、親しい人との別れや病に直面した時には、悲しみや苦しみといった苦悩が存在します。真実をそのまま受け入れることができれば、苦悩は存在しませんが、なかなか出来ることではありません。
 
しかし、その苦しみや悲しみの中に意味を見出していくことはできるはずです。それは、別れの悲しみや、病の苦しみも、すべては私を阿弥陀如来のみ教えに出遭わせていただくための助縁であり、苦悩と思っていたものも、私をお浄土へ向かう人生へと、導いてくださっている働きなのです。
 
仏法は苦しみや悲しみに正面から立ち向かっていける、勇気をもつことのできる教えです。占いや神頼みといった不真実に逃げてしまうのではなく、どんなことに遇っても、恐れることなく受け止め、すべての物事をおかげさまと仰いでいくことができるのです。     合掌

引っ越して来たりし街に笹子鳴く 釋法蓮(法子)

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 東京の築地を離れることになった時は、正直寂しい気持ちもありました。何故なら私は、いわゆる有名店や気になる怪しいお店などは必ず一度、食し てみたいと思う性。そんな私にとって、銀座も近く、たくさんの飲食店が並ぶ築地は、まさに宝島だったのです。そしてこの度、ご法儀伝道のため、伊勢原市に 引っ越してきて、はや七ヶ月が過ぎました。大山がそびえる広い空、澄んだ空気は格別です。ゆっくり流れる時間の中で庭の草むしりや、柿をもいだりする今の 生活は、築地での生活が遠い昔のことのようにさえ感じられます。

 ある日の夕方、窓を開け、外をぼんやり眺めていました。立徳寺は高台にあるため街を見下ろすように、遠くの方まで見通すことができ、私はこの景色がとて も好きです。その時、夕風に乗って何かを売る声が聞こえてきました。なんとも風情があるものだと思っていると、今度ははっきりと聞こえました。あの有名な 焼き芋のメロディーに乗せて「餃子~。ぎょ~ざー。美味しい美味しい餃子の移動販売でーす。」なんと餃子の移動販売とは!これには大変感激しました。

 冒頭の句は、引越してきた新しい街で笹子が鳴いたという句です。笹子とは鶯の子のことで、まだ、ホーホケキョとは鳴かず、鳴き習うように聞こえることを いいます。新しい土地に対する不安と期待を抱く、私自身の気持ちかもしれません。それぞれの土地に素晴らしさがあり、私たちもこの土地に慣れ親しむ中で、 立徳寺が皆様の聞法道場として発展していければと思っております。

宗祖降誕会

尊者阿難座よりたち 世尊の威光を瞻仰(せんごう)し 生希有心とおどろかし 未曾見とぞあやしみし

     

今月二十一日は、親鸞聖人のお誕生日です。「宗祖降誕会」と称して、本派の寺院では、お祝いの法要行事が営まれます。そして京都のご本山では、毎年降誕会のお晨朝(朝のお勤め)に、この御和讃が詠まれています。
 
 お釈迦様が、これから無量寿経をお説きになられようとしたその時に、阿難尊者が座より立ち上がり、お釈迦様の清らかで尊く、光り輝くお姿を仰ぎ見て、なんとありがたいことかと驚き、これまで見たこともないお姿であると思われた。という御和讃です。
 
 阿難尊者はお釈迦様のいとこにあたり、十大弟子の一人に数えられます。お釈迦様の侍者として、お亡くなりになるまで、身辺を離れることなく仕えていた人といわれています。しかし、この時はまだ、阿難尊者は羅漢(聖者)のさとりに達していなかったといわれています。お釈迦様が阿難尊者を相手に、無量寿経をお説きになったのは、この教えが聖者や善人にむけられたものではなく、さとりを得ることのできない者、煩悩を捨てきれない者こそが、阿弥陀如来のご本願において、一番の目あてであることを示されているのかもしれません。 
 
 この後、「なぜ今日は、そんなに光輝くお姿を示されるのですか」という阿難の問いが、実にお釈迦様のお心にかなったもので、お釈迦様がこの世に生まれられた理由である、阿弥陀如来の本願が説かれることになったと、聖人は御和讃で讃えられています。『般若経』や『法華経』など仏教にはたくさんの教えがある中で、お釈迦様が、その光輝くお姿でお説きになろうとされた無量寿経が、どれほど素晴らしい教えであるかを、阿難尊者は瞬時に悟られたのでしょう。
 
 親鸞聖人も、真実の教えは大無量寿経であると、教行信証に示されています。そして、その素晴らしい教えに遇うことができたのも、お釈迦様がお生まれになり、阿弥陀如来の本願を伝えてくださったためであったと味わわれたのです。私たちにとっては、親鸞聖人がお生まれくださったのも、まさに阿弥陀如来様の教えをお伝えくださるためであり、そしてその教えを今まさに、私たちが聴かせていただいているのです。         合 掌

花まつり

今から約二六〇〇年前の四月八日に、北インドのルンビニーの花園でお釈迦様がご誕生されました。仏教では毎年「花まつり」や「灌仏会(かんぶつえ)」として、お釈迦様のご誕生をお祝いいたしております。
 
お釈迦様の母親マーヤ夫人は、出産のために生家に向かう途中、ルンビニーの花園に立ち寄り、美しい無憂華(あそか)の華に手を伸ばされました。その時に右の脇腹から、お釈迦様がお生まれになったと伝えられています。そして、お釈迦様はお生まれになるとすぐに、東西南北に向かってそれぞれ7歩あゆまれ、右手で天を指し、左手で地を指して、「天上天下唯我独尊」とおっしゃったそうです。このとき天の神々は花びらを散らし、八大竜王は甘露の雨を降らせて祝福したと記されています。
 
 さて、この「天上天下唯我独尊」とおっしゃった言葉の意味を簡単にいうと、「生きとし生けるものすべての命はそれぞれがとても尊い命である」という意味です。間違っても、「世の中で私が一番尊い、私が一番偉いのだ」という意味ではありません。私たちは、とても大きな命のつながりの中で生きています。ご先祖様の誰一人が欠けても、私はここに存在していません。また、生きているということは、たくさんの人々によって生かされていることでもあります。顔も名前も知らないような人や動物もそうです。自分自身もそうです。自分の為に生きているように思っていても、生きるということは、他のために生きているということでもあるのです。それぞれの尊い命がお互いに、生かし生かされあい生きているのです。「天上天下、唯我独尊」とは命の尊厳を讃える言葉であり、人も生き物も、すべてみな共に生きていることを讃え、喜ぶ言葉でもあります。
 
 また、人間として生まれることの尊さを、お釈迦様はお弟子の阿難に、ガンジス河の砂を手にとらせ、こんな喩え話をされました。「この河の砂ほど生き物がいる中で、人間として生まれるのは、その手に取った砂ほど。そして、人間とし生まれ、その尊さに気付くことができるのは、爪の上に乗った砂ほど。」と、お話しになったそうです。花まつりは、お釈迦様のご誕生をお祝いし、そのご縁の中で、受けがたい人身をいただき、遇い難い仏法に遇わせていただく慶びに気付くための法縁でもあるのです。        合 掌

現世のご利益

月々の法話では、ご和讃を聴かせていただきます。和讃とは浄土真宗を開かれた親鸞聖人が、教えの中でとても大切なことを、漢文を読むことのできない人々のために誰にでも判る様に七五調の親しみやすい和文で書かれたものです。今月号で聴かせていただくご和讃は高僧和讃の中の一首です。

 

南無阿弥陀仏なもあみだぶつをとなふれば
十方無量じっぽうむりょう
諸仏しょぶつ
百重千重ひゃくじゅうせんじゅう囲繞いにょうして
よろこびまもりたまふなり  

     

今月聴かせていただく御和讃は現世利益和讃の一首です。現代語に訳しますと、「信心をいただいて南無阿弥陀仏を称える身になると、十方世界におられる数え切れない諸仏が百重にも千重にもとりまいて、お念仏をする身になったことをよろこび、おまもりくださるのです」と詠まれています。
 
 現世利益(げんぜりやく)とは、いわゆる「ごりやく」のことです。ご利益といっても、商売繁盛や、いろいろな祈願といったご利益ではありません。この現世利益というのは、阿弥陀如様にすべてをおまかせし、真実の信心を得た人に、おのずから与えられるものであり、この世での利益を得たいと思って、阿弥陀如来様に祈っても得られるものではありません。具体的に申しますと、この世の間に、たくさんの諸仏に守られ、私の重い罪も消え、人間の命の縁が尽きた時には、間違いなくお浄土へうまれる仲間(現生正定聚)にならせていただけるというものです。
 
 私の娘は3歳になりました。昨年の十一月には、入園する幼稚園が決まり、四月からは晴れて幼稚園生になります。その幼稚園では入園前に体験入園というのがあり、月に数回幼稚園で過ごします。一人っ子の娘には、同世代の子ども達と遊ぶことはとても嬉しいらしく、家に帰ってくるなり、私に幼稚園での事を一生懸命話してくれます。もちろんテンションも揚がりっぱなしです。問題なのはその夜です。夜遅くになってもそのハイテンションは治まらず、いつまでたっても寝ようとはしません。夜も遅くなってきたので、何とか娘を布団に入らせようと、「早く寝ないと、怖いお化けさんがでてくるかもよ」と娘を脅かしました。しかし、娘は平然とした顔で、「大丈夫。お父さんいるから」と・・・。なんとも可愛いやら、嬉しいやらで、涙が出そうになったほどでした。
 
 娘にとっては、いつでも私が傍にいるからと思い、何一つ怖いものがないのでしょう。決して自分を見放さない方がいると気付き、心から信じることができるというのは、人生を安心して生きていけるということです。恐怖や苦しみを乗り越えて生きていけるということです。
 
 阿弥陀如来様や諸仏さまは、何も恐れることはないぞ、いつでもそばにいるぞと、私を包みこんでいてくださっています。そして、たとえどんなにつらい病苦や悲しみに出会っても、私を阿弥陀如来様の教えに出遭わせていただくためのものであったと、うけとることができるのです。花や木や、風や動物もそうです。身の回りのすべてのものは如来さまのお使いとして、百重にも千重にも私を取り囲み、お説法してくださっているのです。そして、お浄土へ向かう人生へと導いてくださっているのです。

さわりおおきに徳おおし

御和讃とは浄土真宗を開かれた親鸞聖人が、教えの中でとても大切なことを、漢文を読むことのできない人々のために誰にでも判る様に七五調の親しみやすい和文で書かれたものです。今月は高僧和讃の一首を聴かせていただきます。

 

罪障功徳の体となる

こほりとみずのごとくにて

こほりおほきにみずおほき

さはりおほきに徳おほし
 
私たちは人生のなかで、さまざまな悩みや苦しみに出合います。そしてその悩みや苦しみのほとんどは、自らの欲や妬みの心といった煩悩が原因となっているのです。仏教では、阿弥陀様のお心にそむき、未来に苦をまねく種となるような悪行を罪障と言います。
 
そして私たちは、苦しみの原因となる自らの罪障を、なかなか気づくことも拭い去ることもできません。親鸞聖人は、苦しみの人生の中にありながらも、その人生がそのままお浄土へ向かう人生へと転じられる教えをお示しくださいました。
 
今月の御和讃を簡単に訳しますと「私たちの罪はそのまま功徳となっていくのです。それはまるで氷と水のようなもの。氷が多ければ、溶けたときには水が多いのと同じように、私の罪が多いということは、功徳もまた多いのです。」という意味です。
 
一見、罪障が多ければ多いほど、功徳があるように受けとってしまいそうですが、それでは、聖人がお示しくださった教えとはまったく違ったものになってします。
 
ある方は、なるべく良い行いをしようと努力し、私の角がとれてきたとおっしゃいました。何とか苦しみの少ない人生を歩もうと、精一杯努力をしていく。そんな自分の姿を角が取れたと思われたのでしょう。私たちが日々の生活の中で、一生懸命苦しみのない人生にしようと、努力を重ねていくことは、とても大切なことです。
 
そして、それはたくさんの反省を生むことができます。しかし、その反省をただただ反省のままに終わらせ、自分は十分努力をしたのだから、それでも苦しみが無くならないのであれば、それは仕方がない事。と思うのでは、絶えることのない苦しみの人生を悲嘆するだけの人生になってしまいます。
 
あるご門徒様は、ご聴聞をするようになって益々自分の角が見えてきたとおっしゃいました。どれほど努力をしてみても、私の人生が苦しみや悩みの連続であるのは、自らがとんでもないほど大きな罪障を持っているためと気づき、角が見えてきたと表現されたのでしょう。
 
仏法を聞いていくということは、止むことのない私の罪を共に苦しみ、共に悲しんでくださる阿弥陀様に、申し訳ないという気持ちの中から、どうしようもないほど罪深い私であったことを知らされるということです。そして、私の罪の深さを知らされれば知らされるほど、そんな罪深い私だからこそ放ってはおれないという、阿弥陀様のお慈悲のお心に、心強さと感謝の気持ちが生まれるのでず。
 
すなわち、尽きることの無い苦しみの人生から、感謝の人生、お浄土へ向かう人生へと転じられるということなのです。「さはりおおきに徳おほし」とは、罪障が多いほど、徳が多いというのではく、自分は罪障が多い人間であると知らされたと同時に、その罪障をまるごと包みこんでくださる如来様のお徳の広大さを知るということなのです。阿弥陀様のお救いの世界は、苦しみの種であったはずの私の罪(氷)が、そのまま感謝の人生への種(水)となっていく世界なのです。

大悲のお心

月々の法話では、ご和讃を聴かせていただきます。和讃とは浄土真宗を開かれた親鸞聖人が、教えの中でとても大切なことを、漢文を読むことのできない人々のために誰にでも判る様に七五調の親しみやすい和文で書かれたものです。今月号で聴かせていただくご和讃は高僧和讃の中の一首です。

 

煩悩ぼんのうにまなこ障えられて 摂取せっしゅ光明こうみょうみざれども 大悲だいひものうきことなく つねにらすなり

 

これは、聖人が阿弥陀如来様から自分にむけられている、「必ず救うぞ、いつもそばにいるぞ」という大悲のお心を慶び、その教えを伝えてくださったさまざまなご縁と善知識に感謝のお心を詠まれた一首です。
 
 阿弥陀如来様の大慈大悲のお心がなかったら、またそれを、お釈迦様がお説きになり、インド、中国の高僧がその教えを伝えられなかったら、そしてまた、法然上人と親鸞聖人が出遇われておられなかったらと、何一つ欠けていても阿弥陀如来様の教えに出会うことはできなかったのです。
 
そして、そのお救いを心の支えとして、大きな安心の中で生き抜くこともできないでしょう。阿弥陀如来様のお心がなんとも有難い事を思えば思うほど、今私がその教えを聴かせていただくことができたご縁と、さまざまな方々のご苦労に、感謝をせずにはおられません。
 
 さて、私は大学時代、毎週日曜日に子供と一緒にお寺に集まり、一緒にお経をおつとめしたり、ゲームをしたりする、いわゆる日曜学校を行うサークルにはいっておりました。その時に、この恩徳讃のお話しをする機会がありました。その時の子供たちの反応は、みんな暗い顔をしていました。
 
それは、恩徳讃のフレーズに問題があったようです。「身粉にしても」「骨をくだきても」の言葉が子供たちにはとても怖かったのでした。何とかわかってもらいたくて、あらためて話をしました。
 
「如来様が私の事を心配してくださることに、どうにかしてお礼言いたい。阿弥陀様のお気持ちを私に伝えてくださった方々へも、なんとかしてお礼を言いたい。」と、自分なりに言葉をかえて子供に話すと、分かったような、分からないような顔をしながらうなずいてくれました。
 
 親鸞聖人が「身を粉にしても」、「骨をくだきても」と、大人でもちょっとびっくりしそうなこの言葉を、お使いにならずにはおられなかったところに、聖人の阿弥陀如来様への感謝のお気持ちが深かったことがうかがわれます。
 
如来大悲とは、愚かな私を見捨てるのではなく、いつでも自分の悲しみとしてくださるお心です。普段はなかなか忘れがちですが、いつでも阿弥陀如来様の大慈大悲の光に包まれている私達です。感謝の気持ちを忘れず、有り難うございますと、お念仏申す人生を送らせていただきたいものです。 

感謝の気持ち

月々の法話では、ご和讃を聴かせていただきます。和讃とは浄土真宗を開かれた親鸞聖人が、教えの中でとても大切なことを、漢文を読むことのできない人々のために誰にでも判る様に七五調の親しみやすい和文で書かれたものです。今月は皆様もよくご存知のご和讃、恩徳讃を聴かせていただきます。
 
にょらい大悲だいひ恩徳おんどく

にしてもほうずべし

師主知識ししゅちしきおんどく

ほね
をくだきてもしゃすべし


これは、聖人が阿弥陀如来様から自分にむけられている、「必ず救うぞ、いつもそばにいるぞ」という大悲のお心を慶び、その教えを伝えてくださったさまざまなご縁と善知識に感謝のお心を詠まれた一首です。

 阿弥陀如来様の大慈大悲のお心がなかったら、またそれを、お釈迦様がお説きになり、インド、中国の高僧がその教えを伝えられなかったら、そしてまた、法然上人と親鸞聖人が出遇われておられなかったらと、何一つ欠けていても阿弥陀如来様の教えに出会うことはできなかったのです。

そして、そのお救いを心の支えとして、大きな安心の中で生き抜くこともできないでしょう。阿弥陀如来様のお心がなんとも有難い事を思えば思うほど、今私がその教えを聴かせていただくことができたご縁と、さまざまな方々のご苦労に、感謝をせずにはおられません。

 さて、私は大学時代、毎週日曜日に子供と一緒にお寺に集まり、一緒にお経をおつとめしたり、ゲームをしたりする、いわゆる日曜学校を行うサークルにはいっておりました。その時に、この恩徳讃のお話しをする機会がありました。その時の子供たちの反応は、みんな暗い顔をしていました。

それは、恩徳讃のフレーズに問題があったようです。「身粉にしても」「骨をくだきても」の言葉が子供たちにはとても怖かったのでした。何とかわかってもらいたくて、あらためて話をしました。

「如来様が私の事を心配してくださることに、どうにかしてお礼言いたい。阿弥陀様のお気持ちを私に伝えてくださった方々へも、なんとかしてお礼を言いたい。」と、自分なりに言葉をかえて子供に話すと、分かったような、分からないような顔をしながらうなずいてくれました。
 
 親鸞聖人が「身を粉にしても」、「骨をくだきても」と、大人でもちょっとびっくりしそうなこの言葉を、お使いにならずにはおられなかったところに、聖人の阿弥陀如来様への感謝のお気持ちが深かったことがうかがわれます。

如来大悲とは、愚かな私を見捨てるのではなく、いつでも自分の悲しみとしてくださるお心です。普段はなかなか忘れがちですが、いつでも阿弥陀如来様の大慈大悲の光に包まれている私達です。感謝の気持ちを忘れず、有り難うございますと、お念仏申す人生を送らせていただきたいものです。 

お寺のののちゃん 作:さちお

 

ののちゃんの入園練習 “いただきます”大好き ご本堂で・・・ パート1
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ご本堂で・・・ パート2 終わりなき親子相撲 オバケがでるよ~
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種は食べないでね 父と娘の秘密 お父さんずるい!
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ののちゃんの言い訳
バレンタインデー
お父さん座り
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テレビにはいりたい “おまけ”付き
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願われた仏の子ども

月々の法話では、ご和讃を聴かせていただきます。和讃とは浄土真宗を開かれた親鸞聖人が、教えの中でとても大切なことを、漢文を読むことのできない人々のために誰にでも判る様に七五調の親しみやすい和文で書かれたものです。今月号で聴かせていただくご和讃は高僧和讃の中の一首です。

ぜいのちからをかむらずば

いずれのときにか娑婆しゃばをいでん

仏恩ぶっとんふかくおもいつつ

つねに弥陀みだねんずべし

弘誓のちから、阿弥陀如来のご本願のお力をこうむらなければいったい、いつ娑婆の世界、この私たちが生きている苦しみの世界を出ることができるであろうか、そう考えると、仏さまのご恩を深く思って念仏を申さねばならないと、詠まれたご和讃です。

 この仏恩深くおもいつつと、詠まれたところが、聖人が一番おっしゃりたかったところなのではと思います。仏恩とは仏さまからのご恩の事です。いったいどのようなものなのか考えてみたいと思います。

 私には2歳半になる娘がおります。半年ほど前だったでしょうか、オムツを替えるため、娘をつかまえて、パンツを脱がしたのはよかったのですが、何だか開放感でもあったのでしょうか、走り回ってオムツをはこうとはしてくれません。「じっとしてて」と叱ると、娘は一言、「お父さん嫌い」と・・。

私には結構ショックな言葉で、その日一日は落ち込んでいました。反抗期なのかなと、インターネットでいろいろ調べているうちに、ある小児科医の先生の記事が目に留まりました。そこにはこんなことがかかれてありました。

“親が子供を愛していると、子供は親に反抗できる。子供は親が自分を無条件に受け入れることを知っているから、「パパ嫌い」とか平気で言えるわけであり、親は絶対に自分を捨てないという確信があれば、悪い子になれるし、反抗もできる。親が子供を充分に愛していなければ、子供は親に反抗できない。子供は親から見捨てられると生きていけないので、親が見捨てるぞと脅せば、親の顔色を窺うようになる。だから、親の言いつけを守る手間のかからない子になる。しかしそこには本当の信頼関係や愛情は生まれないのです”

 正直、この記事を読んで、なんだか複雑な気持ちになりました。娘の反抗は私に対する安心の現れだったのか、ということは、私が娘を愛しているうちはずっと、反抗する子供になるのかと、考えずにはおれませんでした。しかし、そうこう考えているうちに、私の親も今の私のように悩んでいてくれたのかと思うと、なんだか嬉しくもなってきました。

 どれだけわが子が悪い子供であっても、わが子であるからこそ、無条件で受け入れ、わが子であるからこそ、決して見放さない。わが子であるからこそ、悪い子供であるのが悲しいと、包み込んでくれる親の中で、子供は悪い子供であったことを気づくことができる。そして安心して生きていけるのでしょう。

 阿弥陀如来様のお心もまさにこの親心であるように、決して見放さない無条件の救いが阿弥陀如来様のお救いであります。そのお慈悲の親心は、私たち凡夫を「必ずお浄土へ連れて行くぞ、いつでも、どこでも、そばにいるぞ、決して一人ではないのだぞ」と、どこまでいっても愚かな私、ともすれば見捨てたくなるほどの私であっても、わが子であるのだから救わずにはおれないというお心なのです。

 
その無条件のお心こそが仏恩なのです。私たちは、普段、一人で生きている、一人で何とかなると思い生きているところがあります。もし誰も私を救ってくださる方がおられないならば、私を捨てるかもしれない仏さまであったならば、今よりももっと必死のおもいで自分自身を見つめ直せるかもしれません。しかし、それでは大きな安心のなかで人生を送ることはできないことでしょう。
 
阿弥陀如来様の無条件のお心が、そしてその願いこそが、この人生を大きな安心の中で生きていく道であり、私が仏に成らせていただける唯一の道なのです。
 
 鬼のような人と言いますが鬼ではありません。まして仏のような人と言いますが、仏ではありません。私たちはみな一人一人が、阿弥陀如来様(真実の親さま)に願われた仏の子どもなのです。                            
                        合 掌
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