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立徳寺だより

壁紙の絵柄に蜘蛛の加はりし   釋法蓮(法子)

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一年前に伊勢原市に越してきてから、たくさんの虫たちを見かけるようになりました。かたつむり、蟻、ミミズ、ムカデなど、以前住んでいた築地ではあまり見かけることはありませんでした。とりわけ、毎日のように家の中でも、庭でも見かけるのが蜘蛛です。家の中では、いたる所で家蜘蛛が姿を現します。冒頭の句のように、壁紙の絵だと思っていたら、蜘蛛だったこともありました。娘は蟻ほどの小さな蜘蛛にも「怖い怖い」と泣き叫びますが、私はその蜘蛛を殺しません。子供の頃から父が、「蜘蛛は害虫を食べてくれる」と言っていたのと、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」の内容を思い出してしまうからです。主人公が蜘蛛を踏み潰さなかったことで、地獄で蜘蛛に助けられる訳ですが、私も秘かにその蜘蛛の糸を期待しているのかもしれません(笑)蜘蛛は普段はひっそり静かで、時にすばやく動き、そして糸をはいて、芸実的な巣を作り出す、ミステリアスな虫です。ある日リビングのシャッターを下ろすと、その内側に今まで見たこともない大きな蜘蛛が一緒に下りてきました。その蜘蛛というのが、なんと、私の指よりも太い手足を持ち、全体に毛が生え、身体には大きな円の柄が一つある、男の人の手のひらほどの蜘蛛でした。蜘蛛が苦手でない私でも、さすがに大声を出してしまうほど、びっくりしました。そして蜘蛛は音もなく、するするとまたシャッターの隙間にもどっていきました。いったい何年くらい生きていれば、あんなに大きくなるのでしょうか。今でも同じ屋根の下に暮らしていると思うと、まさにミステリーです。

 

お盆の迎え方

お盆の時期がやってまいりました。毎年、高校野球を車のラジオで聞きながら、分刻みの予定でお盆参りを勤めるのも、半分楽しみのようでもあります。さて、今月の法話では、浄土真宗でのお盆の迎え方についてのお話です。

 

浄土真宗のお盆

 
「お盆」とは、正しくは「盂蘭盆会」(うらぼんえ)といい、また浄土真宗では「歓喜会」(かんぎえ)ともいいます。お釈迦様のお説きなった「盂蘭盆経(うらぼんきょう)」という教えがもととなっています。
 
 お釈迦様のお弟子様であった目連尊者が、亡くなった母を餓鬼道という苦しみの世界から救い出すお話が説かれています。そのお話を通して、他の誰かではなく、私自身が仏法を聴き、浄土へ生まれる真実の教えに目覚めていくことが浄土真宗のお盆の本当の意味なのです。
 
そして、尊い仏さまとなられた亡き人を偲ぶとともに、故人に導かれて我々の日常の生き方を省み、命の尊さや、欲を離れた施しの大切さを考える期間でもあります。
 
本当は毎日そのような命や施しの大切さを考えるべきなのでしょうが、なかなかできないのが私たち。ですから「せめてお盆の間ぐらいは考えましょう」と設けられたのがお盆の行事なのです。
 
昔から「せめてお盆の間ぐらいは殺生するな」と言われてきたのもそのような意味からです。
 
 
お盆には亡き方が帰ってくる?
 
俗には、お盆になると地獄の釜のふたが開き、亡き方が戻ってくる。キュウリの馬でお迎えし、三日経つと茄子の牛に乗せて、また地獄に送り返す。そのような、なんだか先祖を敬っているのか、いないのか、よくわからない風習もあります。
 
浄土真宗では、お盆に亡き方が帰ってくるという考え方はいたしません。というより、すでに帰ってきているといただきます。
 
人間の命を終えた方は皆、お浄土へ仏としてお生まれになり、その仏になられた方のハタラキとは、この娑婆世界で迷い苦しむ私たちを導いてくださるハタラキです。嬉しい時も辛い時も、共に喜び、共に悲しみ、いつでも私たちの傍で、勇気付けていてくださるのです。
 
 
仏壇のお飾りの仕方は?
 
やはり、お盆で気にかかるのはお仏壇の荘巌(お飾り)ですね。「お盆のお飾りはどうしたらいいでしょうか。何をお供えしたらいいのか・・・」といったご質問をよく受けます。
 
各地の風習もざまざまで、迷ってしまう方も多いと思いますが、結論から申しますと、浄土真宗ではお盆に特別な荘厳はありません。お盆独特のお仏壇の荘厳がないということが浄土真宗の特色ともいえるでしょう。            
そもそも浄土真宗でのお仏壇とは、先祖をおまつりするものではなく、阿弥陀如来をご本尊として安置するところです。
 
私たちは、阿弥陀さまによって救われていくのであり、今は亡き方を救われたのも、他ならぬ阿弥陀さまです。亡き方を偲ぶ中で、阿弥陀さまのみ教えに出遇ったならば、亡き方が今生の命にかえて伝え残してくれたのが、私目身を救って下さる阿弥陀さまのみ教えであると、いただくことが出来るのです。
 
そして、その教えに遇わせて下さった亡き方のご恩を思う。それが浄土真宗のお盆なのです。
 
このようにお話をすると、「浄土真宗は楽でいいですね」とおっしゃる方がいますが、とんでもない。他宗よりも大変です。いつでもどこでも仏となって、帰ってきて下さっているのですから、毎日がお盆といってもいいのです(笑)。        
 
                                合掌

他力本願のこころ

 今月の法話では、他力本願についてお味わいさせていただきたいと思います。
「他力本願」という言葉を初めて聞いたという方はまずおられないでしょう。浄土真宗のご門徒さんであれば、「他力本願」が仏教用語であることもよく知っておられますが、一般的にはご存知無い方がほとんどかもしれません。
 
広辞苑にも、「もっぱら人の力をあてにすること」と載っています。たとえば、「もうちょっと自分で努力しなさい。人任せな他力本願ではけません。」なんて使い方もよく耳にしますが、本来の他力本願の意味とは全く違います。では、親鸞聖人がお勧めくださった、他力本願とはいったいどうゆうことなのでしょか。
 
他力とは誰の力
 
まず、他力という言葉ですが、反対語は自力です。文字の意味だけを見ると、自らの力に対して、他の誰かの力と、とらえられがちですが、仏法ではそうではありません。
 
仏教の中にはたくさんの宗派があり、私が仏になるという目標はどの宗派も同じです。そして、どの宗派においても、私が仏になるというのは、私と仏様との間での問題であり、そこに第三者との関係はありません。
 
実際、私も今までにたくさんのお坊さんに会いましたが、誰かをお浄土へ渡してあげたというお坊さんには、残念ながら一度もお会いしたことがありません。つまり、仏法でいう自力他力は、私の力を自力と言い、仏様のハタラキを他力と言うのです。 
 
このことを聖人は『教行信証』に、「他力といふは如来の本願力なり」と、まさに阿弥陀如来様のハタラキこそが他力であることを、はっきりとお示しくださっております。
 
本願とはどんな願い
 
他力本願の「本願」は「誓願」ともいいますが、阿弥陀如来さまが私たちに向けて建ててくださった願い、誓いをいいます。その約束によって私がお浄土へ生まれていく教えが他力本願なのです。
 
仏説無量寿経というお経さんの中に四十八願という阿弥陀如来様の四十八個の願いが説かれています。その中でも第十八番目の願いによって私たちは仏に生まれるのだと、親鸞聖人はお勧めくださいました。
 
具体的には、「たとえ私が一人で仏になることが出来たとしても、迷い苦しむ、すべてのものが、私の願いを聞き、慶びの中にお念仏を申し、必ずお浄土へ生まれて欲しい。もしたった一人でも出来ない人がいるならば、私は一人では仏になりません」という教えです。
 
他力本願の願いとは、私の欲望をかなえてくださるような願いではありません。必ずあなたを仏に生まれさせてあげたい。それが私のすべてであるという、どんなに親不孝な子供であっても、決して見放してくださらない親心のような願いなのです。
 
なぜ自力でなく他力
 
 親鸞聖人は、他力本願のお救いにより、仏に生まれていくことを私たちに勧められました。なぜ自力の道を勧められなかったのでしょうか。
 
親鸞聖人ご自身も九歳の時にご出家されてから、二十年間、比叡山で自力の修行に励まれました。しかし、どんなに仏となるための修行を重ねてみても、自分の心の底にある悪を無くすことは、到底できることではないことを、知らされるばかりでありました。
 
そしてまた、それを素直に認めていかれたのも親鸞聖人でした。だからこそ、迷い苦しみから抜け出すことの出来ない私たちは、ただ如来様の願いに、おまかせをするしかないと気づいていかれたのでした。
 
他力本願の教えは、迷いの中に埋もれ、決して一人で仏になることは出来ない私を見抜いてくださったからこそ、阿弥陀如来様が立てずにはおられなかった願いなのです。
 
               合掌

学生のファッション眩(まぶ)し夏来る   釋法蓮(法子)

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この句は、私が5年前に宗門校である武蔵野大学大学院の修士課程に在籍していた時に作ったものです。私は社会人として入学していたので、もう三十路でした。学友も学部を出たての二十代前半から初老までと幅広く、色々な立場の方が集まっていました。十年ぶりのキャンパスはとても新鮮でした。とりわけ目を引いたのが、やはり学部生の子たちです。夏になると服装はなおカラフルになり、ケータイ片手にサンダルやミュールで階段をカンカン音を立てて上がる姿は、カルチャーショックでもあり、とても新鮮で眩しく映りました。もう私には決して出来ないファッションです。

思えば、大学時代の私は勉強に打ち込んだ訳でもなく、かといって遊びに走った訳でもなく、これといった目標もない毎日でした。ただなんとなく大学に通い、これでいいのかと思いながらも、漠然とした将来への不安を抱えて過ごしていたように思えます。きっと今の学生である彼女たちも同じ気持ちなのではないでしょうか。派手なファッションやメークは、そんな不安な気持ちを誤魔化しているようにさえ感じるのです。

 この句は、二度と来ない青春の真っ只中にいることをしっかりと胸に、今という時を謳歌してほしいという、私のアネゴ目線の気持ちなのです。しかし私は思いもかけず、その後大学院で再び、キャンパスの青春気分を味わうことができました。両親や有縁の方々に深く感謝をいたしております。

 

正信偈に聴く④

弘経大士宗師等(ぐきょうだいじしゅうしとう) 拯済無辺極濁悪(じょうさいむへんごくじょくあく)

道俗時衆共同心(どうぞくじしゅぐどうしん) 唯可信斯高僧説(ゆいかしんしこうそうせつ)

 

(弘経の大士・宗師等、無辺の極濁を拯済したまふ。
            道俗時衆ともに同心に、ただこの高僧の説を信ずべしと)

 

今月の法話は、正信偈の最後の四行です。「阿弥陀如来様のお救いを広めてくださった七人の高僧は、濁りの世の中で迷い苦しみ続けている私達を救いあげようと、この世に生まれてこられたのです。この世に生を受けた人々は、出家とか在家とかの区別なく、心を同じくして、七高僧が口をそろえてお説きくださっているお念仏を、ただただ信じさせてもらおうではありませんか」と親鸞聖人が正信偈の結びとして、私達に勧めてくださいました。

 
「信ずる心一つで救われていくのだから、どうか、一日も早く、親鸞と同じお念仏の世界に向かってほしい、そして私達一人一人が願われた仏の子どもであることを、心の支えにしてほしい」と、繰り返し叫ばれる聖人のお姿が目に浮かぶような『正信偈』の最後です。
 
聖人が命がけで勧めてくださったのは、阿弥陀如来の本願はじまり、お釈迦さま・七高僧のご苦労があって、やっと私に至りとどいてくださる信心です。
 
さて、少し前のことですが、台所で洗い物をしている妻に「今、心の底から信じられる人はいる?」と尋ねました。「そうだな~両親なら信じられるかな」と。「他には?」と尋ね返すと、「う~ん。そのくらいかなぁ~」と・・・・。 ちょっと寂しい気持ちの中、これからは、もうちょっと優しくしてあげようと反省しました(笑)。          
 
 
  自分が心で何かを信じることを信心といいます。しかし、神様や仏様を信じる事だけが信心ではありません。心で何かを支えとし、頼りにしているのも、皆、信心です。
 
「私は何も信じていません」という人も、自分の信念を支えにしているでしょう。お金や恋人、家族もそうです。人は何かを信じなければ生きてはいけません。
 
しかし、私たちは信じていたものに裏切られた時、深い悲しみや苦しみに出会うのです。本当の幸せを求めるのであれば、決して裏切られることも、無くなることもない、正しい信心を持ちなさいと、聖人がこの正信心を明らかにされたのが、『正信偈』なのです。

正信偈に聴く③

(ゆう)(ぼん)(のう)(りん)(げん)(じん)(ずう) (にゅう)(しょう)()(おん)()(おう)()

(煩悩の林に遊んで、神通を現し、生死の薗に入りて応化を示す) 


 今月の法話は、正信偈に天親菩薩のお言葉として出てくるご文です。「人間の命を終え、浄土に生まれる時、私達は如来さまと同じはたらきをする仏様になります。そして煩悩に苦しむ人間の世界に還ってきて、いろいろな姿にかたちを変えるなど、さまざまな手立てを尽くして、生まれかわり、死にかわりする人々を、浄土へと導く仏様のはたらきにつかせていただくのです」という意味です。

 仏教には「往生」という言葉があります。一般的には「高速道路の渋滞には往生した」とか、「事故で電車がとまって立ち往生だった」など、困った時などによく用いられている言葉です。

また、「隣のおばあさが昨日往生した」など、「死ぬ」という意味でも使われています。長生きした人には“大”の字を付けて、「九十才なら大往生だ」という言葉もちょくちょく耳にします。しかしこれは、本来の意味とは全く違います。

「往生」とは書いて字のごとく、「往き生まれる」という意味です。「困る」とか「死ぬ」という意味どころか、全くその反対です。

親鸞聖人がお勧めくださった、往生浄土の教えは、人間の命終わる時、私たちは阿弥陀如来様の願いに救い取られて、お浄土へ生まれ、阿弥陀如来様と同じ仏の身に生まれさせていただくのだとお示しくださいました。仏様と同じ身になるというのは、他の人々を導くはたらきを、自らの喜びとする身にならせていただくことです。 
 
  仏としてお浄土へ往き生まれられた方は、現世の迷いの中に、苦しみ悲しむ私達に「あなたも必ずお浄土へ生まれさせていただく身なのですよ。どうか忘れないで生きてくださいね」と、私達を導き、照らし続けてくださっています。

そしてそれが、仏になられた方の無上の喜びなのです。ですから、そのはたらきを正信偈には「遊ぶ」と仰せられました。

昔の浄土真宗の先人たちは、お葬式にお赤飯を炊いたこともあったそうです。残していく遺族への不安の中にも、「今度は本当の意味で遺族を救えるはたらきができる」と歓ばれたのです。

必ず死んでいかなければならない人間ではあるけれども、死んで終わりではない世界が、仏様の世界なのです。

鞦韆(しゅうせん)の鉄のにほひの掌(たなごころ)   釋法蓮(法子)

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私の最近のブームは娘と公園へ行くことです。夏と秋は蚊が多いのと、冬は寒いのですっかり足が遠のいていましたが、春めくこの頃、午後は公園で過ごすのが日課となっています。子供を遊ばせに来た同じ年頃の子を持つ母親とおしゃべりをしたり、娘と一緒に空の下で遊ぶのは、とても楽しいものです。
 娘は公園に着いて真っ先に向かうほどブランコ(鞦韆)が大好きです。私も子供の頃、近所の神社の境内にあるブランコが自分の指定席のように毎日乗りに行っていたものです。

 ブランコは四月の季語です。何故春の季語なのかというと、この時期のブランコが格別に長閑で趣があるものと見られているからです。長閑なイメージの反面、またなんとなく淋し気な感じもあります。日が傾き始めると、ブランコを漕ぐ音も悲し気に聞こえ、だんだん家が恋しくなってきます。そして家路に着くのですが、手のひらにはさっきまで握っていたブランコの鉄の匂いがずっと消えなかったのをよく覚えています。そんな思い出をこの句にしたのです。

 今私も娘の隣でブランコに乗るのですが、昔のようにはいきません。まず座席にギリギリお尻は入るのですが、足が曲げられないため、漕げません。昔は勢い余って一回転をしてしまうのではないかとすら思える程だったのに。そんな私の横で娘は最近一人で漕ぐ方法を覚え、楽しそうにいつまでも漕いでいます。そしてふと気付いたのですが、ブランコに乗ったはずなのに私の手のひらは何の匂いもしません。きっと子供の頃は落ちないように、ぎゅっと力を込めて握り、長い時間乗っていたから匂いが付いたのだと思います。代わりに今は娘の手のひらが、そのようになっていることでしょう。

 

野生馬よ遊牧民よ春の土   釋法蓮(法子)

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私の是非行ってみたい国の一つがモンゴルです。この句は、モンゴルの草原をイメージして詠みました。地平線の見える広い草原で、たてがみをなびかせ駆ける野生馬。そしてその大地で家畜の飼育を行いながら移動生活を営む遊牧民たち。そんな生活に憧れてしまいます。行ったことのない異国の地のことを、たった十七文字で自然と人間の融合、生命のたくましさを表現できてしまうなんて・・・。大袈裟かもしれませんが、やはり俳句ってすばらしいと改めて感じました。
 
 馬といえば、乗馬をしているのと同じ感覚が味わえる運動器具がこのところ流行っていますよね。ダイエットに効果があるらしく、とても欲しいのですが、高価なもので手が出ません。先日電気屋さんで、十五分間の試乗をしてきました。目をつむれば本当に馬に乗っているみたいな動きです。私は激しい動きにしてみたり、手ばなし乗りをしてみたりと、すっかりはしゃいでいました。しかし翌日、なんと全身が筋肉痛になってしまったのです。これではとても遊牧民の生活など、送れる訳がありませんね

 

立春の空晴れ渡り吾子生るる   釋法蓮(法子)

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2月4日は立春の日です。暦の上ではこの日から春になります。そして、この日は「お寺のののちゃん」でおなじみの娘の誕生日でもあります。2004年の2月4日のまだ外が暗い早朝に私は破水をし、急いで病院へ行きました。すぐに陣痛が始まり、数時間後の午前十時に夫の立会いの下、娘が生まれました。私はいわゆる安産でしたが、それでも出産の壮絶さは十分に感じました。今まで味わったことの無いひどい腹痛と腰痛が数時間続き、いきみのためか、暑くてたまらず、のどは渇き、汗が噴き出し、顔を真っ赤にしていました。まるで、長距離マラソンを全速力で走り切った感じです。でもその分、壮快感や充実感もまた今までに無いものでした。
 
 病室に戻り、窓の外を見ると、とても天気の良い日だったことに気付きました。昨日までは、冬の寒空にしか見えなかったのに、出産後のためか、立春の日のためか、その晴れ渡った空が、私には春の空に見えたのです。
 あれから3年が経ち、娘は大変やんちゃな子に育ち、叱ってばかりいるうちに、私はすっかりオニババになってしまいました。そんな忙しい子育ての日々に追われながらも、時々心の中で、あの立春の空を仰いでは、生命の尊さを感じています。

 

伊勢原市での放火事件に思う(2006/12)

私の住んでいる伊勢原市では夏ごろから、放火事件が相次ぎ、回覧板などで、何度も注意を呼びかけられていました。先日、やっと犯人が捕まり、なんと犯人の三人は全員が未成年という驚くべき事件だったのです。動機は「面白半分でやった。火が燃えているのを見ると気分がスッとした」ということでした。

 特に誰かを傷つけようという悪意はなかったものかもしれませんが、それがどれほど罪深いことかをわからずに犯した罪は、とても恐ろしいものです。悪気のある罪は言語道断ですが、悪気のない罪にも大きな問題があります。それは、その罪が悪いことであることに気づいていないことです。罪を罪と自覚できていないことが、何度でも同じ罪を繰り返してしまう原因なのだと思います。

 私たちは普段、自分の気づいていないところでたくさんの罪を犯しながら生きているのかもしれません。そして知らず知らずのうちに他の人を傷つけ、また自分を傷つけ、苦しみを作り続けているのでしょう。自分は絶対に間違っていない、正しいことをしていると思っているとき程、自分の犯している罪には、なかなか気づくことができないものです。

自分の正しさに自信を持っている時はよくよく他の人の立場にたって考え、自分が楽しくてしょうがない時こそ、他の人の気持ちになって考えてみようと思います。そして、少しでも自分の悪いところが見えたなら、それは自分にとって、とても有難いことであり、やさしい気持ちで生きてゆくための第一歩になるのかなと思います。

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