ホーム>立徳寺だより

立徳寺だより

温度計見る前にある暑さかな   釋法蓮(法子)

たいよう.gif

今年の夏は暑すぎました。そして長すぎました。私は入院後の安静の為、七月から実家に帰っておりました。妊婦は血量が普段の1・五倍になるそうなので、ものすごく暑がりになっていました。常に氷まくらを使い、エアコンと扇風機はつけっぱなしでした。

 温度計は見るまでもなく、常に三十度越え。そのうち、それは見なくなりました。見なくても暑いのは分かりきっているからです。八月末、出産をしてふたたび実家に戻ってきても、まだまだ暑さは続いていました。明日こそは明日こそはと思っても相変わらずの暑さ。

たまに伊勢原の立徳寺に帰ってみると、ものすごい暑さ。思えば、実家の法徳寺は大きな木がたくさんありますし、家も古くて風通しが良いので、少しは涼しく過ごせたようです。この暑さがおさまるまでは、とても帰れないと思いました。

九月末、いよいよ長かった夏もさすがに終わりを迎え、うすら寒く感じられるようになりました。家へ帰る時がきました。ひと夏を過ごした、久しぶりの実家生活ともおわかれです。この秋は、私の本来の生活に戻るための旅立ちの時です。

 

入院の閉め切る窓に蝉時雨   釋法蓮(法子)

せみ.gif

先日、長男を出産しました。今回の妊娠は出産の為の入院をする前に、切迫流・早産で入院しては、家での安静を繰り返してきました。入院中の生活は、トイレと洗面以外はベッド上の安静です。シャワーや洗髪はほとんど出来ません。なかなか忍耐が必要でした。

 そんな入院を繰り返すうち、季節は春から夏に移ってきました。ある時、耳をすますと、窓から蝉の鳴き声がするのです。ここは六階の病室。どこの窓も完全に閉まっています。昆虫の中で一番大きな鳴き声というのはだてではありません。

ある日、数日の入院を終え、車イスで外に出ると、顔に当たる風が、なんとも新鮮でした。窓も開けられず、入院中は外の空気を全く吸えないのが、辛さの一つだったかもしれません。出産して嬉しかったことの一つに、もう安静入院をしなくて済むということです。

 

子の日焼け子の成長となりにけり   釋法蓮(法子)

たいよう.gif

夏休みに入る前、娘に毎日家に居られてはたまらないわ~と考えていました。どこかに預かってもらって、宿題をやったり、友達と遊べる所ってないのかなぁと思っていたのです。

それが今、学童保育という、放課後や夏休み期間中に子どもを保育してくれる、とても便利なものがあるんですね。早速、見学に行って即入会。次の日から利用することにしました。

「一年生は泣いてしまう子や、雰囲気を嫌がる子もいるので、最初はお試しで」と言っていただいたのですが、そんな心配もなく、毎日楽しい楽しいと喜んで行っています。

 そんなある日、いつものように学童保育に登校してみると、皆の雰囲気がピリピリしていたらしいのです。どうやら今日から新しく入った女の子がなかなか手強いようです。

娘がいつものおせっかいで色々教えていると、「ちょっと、お姉さんぶらないでくれる!」と、ビシッと言われたらしく、怒って帰ってきました。私が「どうする?やめる?」と一応聞いてみると、「絶対やめない」と言いました。なかなか根性があります。

娘はもともと地黒なのですが、夏はあっという間に真っ黒になってしまいます。しかも今年は肌荒れで、日焼け止めを塗っていなかったので、日焼けするスピードも加速しているようです。これが初めての小学生の夏休みの成長の著しさをあらわしているように思えるのです

 

梅雨一と日主婦の一人居なりしかな   釋法蓮(法子)

蝶々.GIF

梅雨まっ只中の季節です。毎日雨ばかりで憂鬱・・。そんな話をよく聞きます。確かに毎日雨のことが多いのですが、一日中雨ということはほとんどないのです。

 日中は雨で、夕方に束の間、晴れ間が現れたある日曜日。朝から私と二人で家居をしていた娘と、庭に出てみました。

雨上がりということで、雑草は青々と、紫陽花もなお鮮やかに見えます。大きな黒アゲハも一匹木の葉に止まり、羽を開げたり閉じたりしています。

娘はそのあまりの大きさに驚いています。そして、娘は何故か庭の隅から隅まで全力疾走。「何で走っているの」と聞くと、「なんか走りたいの」と、いつまでも走っています。

一日中家に居て相当エネルギーが余っていたのでしょう。こんな梅雨の晴れ間、大いなる生命の息吹を感じる一時でした。

梅雨の季節はマイナス面ばかりではありません。まだそんなに暑くもありませんし、落ち着いて物事に取り組める気がします。これから迎える暑い季節への英気を養うには大切な時期ですので、有意義に過ごしたいと思っています。

 

宿題をしながらつまむさくらんぼ   釋法蓮(法子)

さくらんぼ.gif

四月から小学一年生になった娘は、たったこの二ヶ月で“小学生”らしくなりました。この小学生らしさとは、模範生という意味ではなく、小学校に慣れて、だいぶん生意気になってきたということです。

 まず、帰宅の第一声が「ただいま」ではなく、「もうお母さん!」から始まります。「今日忘れ物しちゃって、何でランドセルに入れてくれなかったの」とか「今お友達が自転車で一人で遊んでて、何で私は一人で遊んじゃいけないの」などと、文句を言ってきます。

そして次は、ランドセルを玄関に放り、「お腹すいたー」の一言。「宿題終わらせてから」と言えば「お腹がいっぱいじゃないと、頭がフラフラして宿題出来ない」と、なかなか理にかなったことを言います。

おやつを食べさせ宿題にとりかかせると、今度は間違いだらけ。早く終わらせたい一心で、問題をよく読まずにあっという間に答えを書いてしまうのです。

困ったものだと主人に相談すれば「まぁ誰かさんに似たんだろう」、「いえいえそのままお返しします」と、よくある夫婦の会話に。 

こんな娘の日常ですが、このような憎まれ口が言えるようになったのも成長の一つだと思っています。

 

境内の夕日や雉子の羽の色   釋法蓮(法子)

キジ.jpg

先日の夕方、なんとなくリビングから庭を眺めていると、見慣れないものを発見しました。それは鴨か何かのデコイ(鳥の置物)のようでした。庭には、きのこや兎の置き物も置いてあるので、これは主人と娘が買ってきた物かもしれないと、窓に近づいてみました。

すると突然、そのデコイからニュッと足が伸びてきて歩き出したのです。何と本物の鳥でした。鶏ぐらいの大きさで、顔は赤、羽は緑と茶色と黒のまだらで、光沢があります。「キジだ!」野生のキジを見るのは生まれて初めてでした。

私にとっては、昔の日本の鳥という感じで、ほとんど想像上の鳥です。それがまさか我が家の庭に現れるなんて。娘を呼ぶと、娘もその大きさと色にびっくり。「絶対に動物園から逃げてきたんだよ」などと言っておりました。

そしてまた歩く姿も意外でした。首を前に突き出して、鶏のように歩くのです。もう少しスマートなイメージだったのですが、なかなかユーモラスです。

キジは警戒しながら茂みの中を出たり入ったりして、庭を歩き回り、やがて飛んでいってしまいました。鶏にそっくりでしたが飛べたのです。 

主人が帰宅し、すぐに今日の出来事を話すと、「キジなんて、島根の実家ではよく見かけたよ。別に珍しくも無い」と、いたって冷静でした。私はUFOを見たぐらいの驚きだったのに、この温度差。まさに所変われば品変わる。皆さんはどう思われましたか。

 

うつし合ふ風邪に家族の絆かな   釋法蓮(法子)

家族.gif

先月は思いのほか、記録的な厳しい寒さが続きました。どんなにもう春だと思い込もうとしても、とても無理なほどでしたね。

その時期は、やはり風邪をひいている人を多く見受けられました。娘の幼稚園でも、学級閉鎖すれすれの日々が続いていました。

そして案の定、私も風邪をひいて寝込んでいました。今年に入ってからもう三度目です。私がいつも最後に症状が出ていましたので、これは家族にうつされた風邪です。

主人や娘は風邪をひけば完全に寝込むことが出来ますが、主婦はそうはいかないのです。最低限の家事を終え、何とか時間を見つけては横になるといった感じです。
でも、主人と娘でイチゴを買ってきてくれたり、自分達で食事を作ってもらったりして、家事を手伝ってもらい、何とか回復することが出来ました。

この時、同じような症状を乗り越え、家族で助け合うことで、風邪を通じて“絆”が生まれたような気がしました。“絆”とはなんとも大袈裟な表現ですが、そこが面白くもあり、風邪のおかげで、なかなかよい句が出来たと思っています。

 

本を読む顔ふと上げて春を待つ   釋法蓮(法子)

梅の花.gif

暦の上では二月はもう春。春の始めの初春です。俳句を作ることを知る前は、二月と言えば真冬だと思っていました。実際、大雪が降ったり、受験があったり、重くて暗いイメージがつきまとう月でした。

 でも今、歳時記を見れば、初春の季語が並んでいます。早春、浅き春、薄氷、猫の恋、梅、鶯・・・。春といっても真っ盛りではない、まだ寒さが残っている中での春を表す言葉の数々。日本の繊細な感性に感心するばかりです。

 二月は、一般にお寺ではあまり行事の無い月で、暇な時です。また、我が家では二月四日の立春の日が娘の誕生日です。今年はパティシエの友達にケーキのスポンジを焼いてもらい、飾りつけを自分でやらせるとういう企画をしています。なかなかのんびりとした初春を過ごす予定です。

 以前は待ちに待った春という感じでしたが、今は俳句のおかげで、一足先に春を迎えることが出来ています。特別に寒がりな私なので、とても俳句には感謝しています。

 

一仕事終へ炬燵へと戻りけり   釋法蓮(法子)

こたつ.gif

 寒さが厳しくなってきた先月、リビングにある電気絨毯が壊れました。修理には一ヶ月かかると聞き、大ショックを受けました。しばらくは寝る時用の電気毛布で頑張っていましたが、どうにも耐えられません。

すると主人がこたつを出すと言い出しました。これには断固反対をしました。暖炉があるフローリングの床の部屋に、こたつなんて絶対合わないからです。でも主人はさっさと物置からこたつを持ってきて、設置し出しました。

最後まで、「ダサいから、嫌だ~」と抵抗した私ですが、主人と娘が入っているのを見ると、すぐに仲間入りしてしまいました。それからというもの、生活の中心がこたつになっています。

座ってする仕事はこたつで、もちろん今このエッセイもこたつで書いています。そして家事が終われば必ずこたつに戻るという習慣が身に付いてしまいました。やはり暖かさが断然違いますね。

日本古来からの素晴らしい暖房器具こたつ。それだけに、これがあるだけで、一気に和洋折中の訳のわからない部屋になってしまいました。しかしもう、見た目より機能重視です。

先日電気絨毯が修理を終えて戻ってきたのですが、全員一致でこたつのほうが良いということになり、絨毯はこたつの入っていた物置のスペースにしまわれました。こたつを卒業できるのは、相当先のことになると思います。

 

早足をポインセチアの赤に止め   釋法蓮(法子)

ポインセチア.gif

十二月に入ると、花屋の店先にはポインセチアの鉢が並びます。あまりにも真っ赤な色につい足を止め、見入ってしまいます。やはり赤は目立ちますし、人を引き付ける色ですよね。 

 最近、私の身の回りには赤い色が溢れています。バッグ、化粧ポーチ、たまにはくスカート、今このエッセイを書いているキティちゃんのシャーペン・・・。明らかに赤いものが多いです。

また他にはピンクやキラキラ光るもの、キャラクターものも多いのです。でも考えてみると、私は若かりし頃、そのような女の子ものが大嫌いでした。学生の頃、皆がキティちゃんの赤やピンクの小物で固めているのをひそかに軽蔑していました。

着る服にも法則があり、黒、紺、白以外は身につけないとういう徹底ぶり。今思い返せば、クール路線を狙っていたのでしょうね。

その路線が崩れだしたのは、三十代に入ってからだと思います。なんだか、黒が似合わない、黒に飽きたと思い出したのです。長年の自分の信念が崩れてきた理由として、時代の流行、娘の影響もありますが、一番には、そこまで格好つけられなくなってしまったことだと思います。 

自分の心境の変化というのは、本当に驚くべきものがあります。未来の自分はいったいどんなオバサンになっているのでしょうか。

 

ページ上部へ