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坊守の俳句エッセイ

紅白の梅のほどよく混ざる丘   釋法蓮(法子)

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梅の咲く季節です。最近は以前より梅の美しさが身にしみます。年のせいでしょうか。今の時期、車を走らせれば、民家の庭先やちょっとした空き地に、梅が静かに咲いているのを見かけます。白も紅も各々趣きがあります。

桜のような華やかさはありませんが、まだ寒い季節に春を告げる姿はとても健気です。
梅は平安時代以降、特に香りを賞で、詩歌に詠まれました。例えば、

人はいさ 心もしらず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける (紀貫之)

(あなたは心変わりをしているのではあるまいか。昔なじみのこの土地では、梅の花は昔と変わらぬよい香りをはなって、美しく咲いていることよ。)百人一首の中の有名な一首です。この場合の花は梅の花のことで、多くの人々の心をとらえてきた名歌です。

ところで、最近の歌謡曲は、桜の花の歌が全盛期に思えます。現代では残念ながら、地味な梅は賞賛の対象になりにくいのかもしれません。梅の奥ゆかしい美しさは、表現しにくいとも思えます。

古来、「花王」とまで称された桜に対し、とても勝目はなさそうです。そもそも梅と桜を比較すること自体おかしなことかもしれません。梅も桜もそれぞれの美しさで私たちを楽しませてくれているのは間違いないのですから。
 

 

ちゃんちゃんこ着し住職に迎えらる   釋法蓮(法子)

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時節柄、風邪がとても流行っていますね。一年のうち年末年始は風邪での医療機関受診数が一番多いそうです。

 先日、主人が四十度の熱のひどい風邪をひきました。しかもタイミングの悪さが重なり、病院を三軒断られ、やっと受診できた時は夜中。体力を消耗しきり、点滴を受ける始末でした。

また、普段は風邪をひいても食欲は衰えず、「食べて治す」と言っているのに、今回はまったく食べられず、缶詰の桃を一切れやっと食べてはまたすぐ寝るの繰り返しでした。結婚してから、食欲のない主人を見るのは初めてで、本当に驚きました。

 それから数日後、主人の風邪が治りかけ、私が一人で外出中、年末のご挨拶に来てくださった方がいらっしゃいました。主人が“ちゃんちゃんこ”ではないのですが、はんてんを着込んで「風邪をひいてまして~」と玄関に出ると、その方は「それは失礼しました!」と、そのまま帰られたそうです。

 やはり風邪をひいている人が“ぼ~”と出てきたら、かなり引きますよね。
わざわざお訪ねくださったのに大変申し訳なく思っております。皆様くれぐれもたちの悪い風邪にはお気を付けください。

 

母と子の並べ置かれし風邪薬   釋法蓮(法子)

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皆様、お風邪などひいていらっしゃいませんか。うちでは娘が三十八度五分の熱を出して風邪をひいています。昨夜は遅い時間に病院に連れて行き、大騒ぎでしたが、インフルエンザではなかったのでほっとしています。

うちではいつも、最初に風邪をひくのは娘か私です。そして、どちらがひき始めたのか分からないほど、うつし合っています。ですから、冒頭の句のような状況になるのです。

そういえば、私もここ四、五日ずっと体がだるいな~と思っていたところ。近々本格的に症状が出てくることでしょう。早くこのエッセイも書き終えなければなりません。
 このように娘と私はいつも風邪をひけば同時に大騒ぎをしているのですが、主人はいつも最初「自分は大丈夫」という顔をしています。

そして、「僕はそう簡単には風邪をひかない」とまで豪語するのです。しかし数日後、私たちが治りかけた頃に必ず「喉がいたくなってきた~。薬を出してくれ~」と騒ぎだします。

その時に私達は、鬼の首をとったかのように「ほら、みなさい!」と逆襲をするのです。この風邪をひく順番と、このやり取りはこれからも変わらないことと思います。

 

父は子と遊び勤労感謝の日   釋法蓮(法子)

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うちの娘は大変なお父さん子です。女の子は父を慕うものといいますが、正にその通りです。主人が居るときは、ずっと一緒に遊んでいます。

お絵かき、パズル、主人のギターの伴奏で歌を歌ったり、ボール遊びなど、いつも二人でやっています。私はその傍らで笑いながらもその間に家事が出来るのでとても助かっています。

 しかし娘が乳飲み子の頃は、まったくそんなことはありませんでした。生後二ヶ月頃は人見知りが激しく、私が病院などに行きたくて、主人や両親に預けても大泣きしてしまうのです。もの心つく頃まで、私が付きっきりでいるのが当たり前でした。

 ある日、娘がおしゃべりを覚えだした頃、冗談で「お父さんとお母さんのどっちが好き?」と尋ねてみると、即答で「お父さん!」と返ってきました。「まさか」ともう一度同じ質問をしても、また同じ答えが返ってきました。これまで私が付きっきりで育ててきたのに、どうしてという思いがこみ上げてきました。その時の私はすっかり機嫌が悪くなっていました。

やがて娘は成長するにつれ、益々お父さん子になってしまいました。何をするのにも「お父さんがいい」というので、わたしもすっかり「じゃあお父さんにお願いしてみたら?」と主人に子供を頼むようになりました。

どうしてそんなに主人を慕うのかというと、とにかく何をするにも楽しいらしいのです。本気で遊びますから。私のように家事の傍らでしている訳ではないので(笑)。
 先日、娘が自分でトイレに鍵をかけて閉じ込められてしまいました。その時は真っ先に「お母さ~ん」と叫んでいたので、少し嬉しくなりました。やはり困った時は母親なんですね。久しぶりにプライドが保たれた気持ちでした

 

あやとりの吾子の手小さき秋灯下   釋法蓮(法子)

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先日、NHK(BS2)の俳句王国というテレビ番組に出演するため、松山市へ行って参りました。この番組は、もともと松山の地方番組だったのですが、人気があり、全国放送になったそうです。その為、今でも松山から放送されています。私が出演するのは今回で二回目です。 

 この番組は毎週五人の俳人が出演し、その場でガチンコ句会をするというものです。各々、事前に自分の作った俳句を提出し、本番で初めて、作者の名前を伏せて作品が発表されます。そして、自分の良いと思った句を二つ選び、発表します。

しかし、自分の作品を選んではいけません。一切やらせはありません。この時は「どうか私の句を選んで!」と誰もが心の中で叫んでいるのです。何故ならそこは完全な実力主義。作者が分からないので、お情けで選ぶということは無いのです。

自分の選んだ句の良し悪しもその人の実力に関わりますから。良い句はやはり人気が集中します。そして当然、選ばれない句も出てくるのです。 

一般の俳人全員が選び終わった後、私の句はまだ誰にも選ばれていませんでした。「これはまずい」と心の中で叫びました。最後は先生が選びます。先生の言葉を誰もが息を呑んで待ちます。その時、冒頭の私の句が読まれたのです。「た、助かった・・・」

 この句は最近、あやとりを覚えた娘の姿をそのまま詠みました。「子供の手って小さいなぁ」と改めて感じたのです。ネタをくれた娘には心から感謝しています

 

蚊帳の中過去と未来の語られし   釋法蓮(法子)

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蚊帳(かや)は夏の季語で、蚊対策として、日本では古くから使われてきました。日本家屋の部屋いっぱいに覆われた蚊帳は、昔の夏の風物詩でした。

我が家でも今、蚊帳を愛用しています。しかも一年中。それは何故かと申しますと・・・。私どもがこの地に引っ越してきて、最初に悩んだのが、“蚊の多さ”でした。桜の咲く頃でしたのに、もうすでに夜な夜な蚊が出没するのです。

どうやらこの辺りはとても蚊の多い所であるようでした。その為、本当に色々な対策を取ってきました。しかし、数が少し減るほどで、どうしても完全にはいなくなりません。そこで主人が「うちの田舎では蚊帳を吊っていたんだ」と思い出したのです。

蚊帳を使ったことのない私は「蚊帳なんて本当に効果があるの?」と半信半疑でしたが、素晴らしい威力でした。それ以来、蚊に悩まされることは無くなりました。

蚊帳の中は蚊から守られている安心感と何か秘密の基地の中にいるようなワクワク感があります。それでついおしゃべりも多くなってしまいます。蚊帳は実用性とおもしろみを兼ね備えた素晴らしい道具なのです。

近年アフリカでは、マラリアを発病する蚊の対策に、蚊帳が使われるようになり、マラリアの発病率が減ってきていると聞きました。まさに温故知新。昔の人の知恵の素晴らしさを感じずにはいられません。

 

子燕の巣立ちて吾の親心   釋法蓮(法子)

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先月の半ば、立徳寺の軒先のツバメの巣から、子ツバメ達が巣立っていきました。思い返せば、ここまでくるのに、私たちはいつも心配し続けてきました。まさに親心。卵をツバメが温めていないことや、親ツバメがある日の一日いなくなってしまったことや、巣から雛が落下してしまったことなど、数えきれません。

その度に、野生動物保護センターに電話をして、指示を仰いだり、実際に落ちた雛を運んだりしました。玄関を開けるたびに親ツバメが警戒をするので、玄関の開閉の音にも気を使っていました。

 そして旅立ちの日。子ツバメたちは、巣からは一応飛び出したものの、まだ地面の上で立っているだけです。その状態でも親ツバメが餌をあげてはいますが、飛ぶ気配は全く見られません。

思い余って保護センターに電話をすると、「親が見守っているので、そのままにしておいて大丈夫です。」とのこと。「でもノラ猫がうろついているんですけど」と訴えれば、「たとえ猫に食べられても、それが野生動物というものです。」ときっぱり言われてしまいました。

次の朝、表の道路には、車にひかれた一羽の子ツバメの姿がありました。結局、無事に巣立っていけたのは六羽のうち半分の三羽でした。

子ツバメ達が巣立った後も、空っぽの巣のそばの電線には、あの親ツバメらしき二羽が今もよく止まっています。いろいろあったけれども、子育てを終えた夫婦の満足感にあふれているような姿です。そして私も同じ気持ちでいます。

 

日焼せしことも母なることなれば   釋法蓮(法子)

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日焼けの気になる季節です。最近はオゾン層の破壊による紫外線の悪影響が指摘されています。

でも私はそんなことより、美容のため色白を目指し十代の頃から、紫外線を出来る限り避けてきました。日焼け止め薬、帽子、手袋、日傘をずっと欠かさなかったのです。

するといつの間にか、昔は色黒のほうだったのに、色白になってきました。ああ、よかったよかった。色白は七難を隠すのです。しかしどうしたことでしょう。何年も紫外線を過剰に避けてきたためか、日光アレルギーになってしまったのです。

少しでも日に当たれば、ブツブツと赤いじんましんが出て、夜はかゆくて、かゆくて眠れません。やがて出産をし、子供を育てるうちに、なかなか自分の美白ケアにかまうことがなくなってきました。

時間がなくて日焼け止め薬をつけるのもままならず、抱っこやベビーカーを押す時には、危ないので日傘もさせません。やはり子供の為となれば、自分のことは二の次になってしまいます。母は強し。

あんなに美白に気を使っていた私が、自分でも驚きです。しかし、少しずつ日焼けに慣れていった私は、やがてじんましんの出ることが少なくなってきました。めでたし。めでたしです。

そして、少しだけ黒くなった腕に加え、筋肉も付いてきたと自負しています。まさに“たくましき母の腕”。しかし夫には“女子プロレスラーの腕”と呼ばれています。

 

梅雨晴や吾子の長靴干せる庭   釋法蓮(法子)

四月から年中さんになった娘は、毎朝幼稚園に行くのを嫌がります。理由は「つまらないから」の一言。その度に「今日は英語のレッスンがあるよ」とか、「今日はプールがあるよ」などと、その日のイベントを一生懸命探して説得します。

しかし、何とかバス停にたどり着いても、「やっぱり行かない」と家に戻ってしまうこともしばしば。その度に夫が車で送ることになる始末。毎朝毎朝、娘の気分に振り回されている感じです。

ある大雨の朝、玄関まで出てきた娘は、用意した長靴を履くのを猛烈に嫌がりました。「普通の靴でいく~!」「こんな雨の日に靴で行けるわけないでしょ」と玄関で大騒ぎになりながらも、夫の説得で、何とか長靴で家を出ることが出来ました。

バス停に着くと、一緒に乗るお友達は、普通の靴を履いていました。それを見た娘は案の定「やっぱり普通の靴にする」と言って帰りだしました。先ほどの玄関の一騒動ですっかり疲れた私は説得する気力もなく、一緒にトボトボと家に戻りました。そして、家に着いた娘は靴に履き替え、また夫に送ってもらい、幼稚園に登園したのでした。

 その後、ふと考えました。以前喜んで履いていた長靴は、娘が選んだピンク色のもの。現在のものは、黄色で蛙の絵の入った、私が選んだものです。もしかして、絵柄が気に入らないのかもしれないと思い、ずっと前にバーゲンで買っておいたピンクの水玉模様の長靴が、そろそろ履ける頃になっているかもと、探し出してみました。

娘に見せると大喜び。早速次の小雨の朝、新しい長靴を履いてスムーズに登園することが出来ました。その後、長靴は梅雨晴れの合間にちょこちょこ干さないと間に合わないほどのお気に入りになりました。

五月闇水族館の深海魚   釋法蓮(法子)

行楽シーズンです。皆さんは水族館は好きですか。私は知的好奇心とメルヘン心を満たしてくれるこの素晴らしい施設、水族館が大好きです。東京・神奈川にある、主要の水族館には大抵行っています。その中で、一番多く訪れていて、親しみ深いのが、旧江ノ島水族館でした。

 子供の頃から家族や親戚によく連れて行ってもらいました。当時は通称、おばけ水族館と呼ばれていたようです。確かに、チョウチンアンコウの行灯も、古くて暗い館内では余計不気味に感じましたし、名物であるクラゲ館の、透明なクラゲを照らし出す光も怪しく思えました。

しかし近年、新江ノ島水族館としてリニューアルし、すっかりあのおどろおどろしさが無くなって、マニアは相当がっかりしたと聞きました。新江ノ島水族館では、ミナゾウアザラシの“みなぞう”が、アイドルとして有名でした。バケツを持って、アカンベーをするという、ゆるい芸を得意としていた、人気者でしたが、数年前に突然死んでしまいました。

 私の主人は、“みなぞう”が私にそっくりだと、よく言っていましたので、是非一度本物を見てみたかったのですが、みなぞう君も死んでしまい、すっかり行く気を失くして、今に至ります。近くだからいつでも行けると思っていたのに、何事も先延ばしではいけませんね。

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