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坊守の俳句エッセイ

入院し家にもどれば梅雨明けし

 先日、日帰りの手術を受けてきました。以前から足の血管がひどく膨らんでいると思っていたのですが、この拡張したところを焼くという手術が必要だというので、受けてみる事にしたのです。当日は早朝に来院した割りに、昼頃まで飲食せず、緊張感の中、部屋で手術を待っていました。すると携帯電話に電話がかかってきました。大学からの友人がこのタイミングで久しぶりに電話をくれたのです。そしてある男性を食事に誘ったがフラれたという話を延々としてくるのです。私は手術着で点滴をしながら、ロビーではなしをしていました。やがて看護師さんが呼びに来たので、「私はこれから手術なんだ」と言うと、とても驚いていました。「なんで言ってくれなかったの、水くさい」と言うのですが、さすがに何年も会っていない友人に言うタイミングはありませんでした。手術はあっという間に終わりましたが、麻酔が取れるまでしばらく寝ていなくてはなりません。その間、同じ部屋の患者さんの話が聞こえてきました。「私は入院を友達に隠してきたのよ。友達は旅行に行っていると思っているの。」気丈な人だなぁと感心してしまいました。今回は日帰りですが、以前入院した時など、友達に見舞いにきてくれるように頼みまくったほどです。
 さて、時間も過ぎ包帯でぐるぐる巻きになった足を引きずって何とかタクシーに乗り込み帰宅しました。すると我が家がとても懐かしく、久しぶりに思えました。入院は時間の流れがとても遅い。たった一日でも、色々な事があり、なんだか一週間ぐらい入院したような気分にかんじられました
 

弁当を作り終へたる朝寝かな

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この四月から、娘が中学生になり、お弁当作りが始まりました。近隣の市は続々と中学給食の導入がされているというのに伊勢原市はまだ。このマイナスな気持ちからのスタートです。
さて、娘は中学用にわざわざ新しいお弁当箱を買ってまいりました。さくらんぼの絵柄の付いた二段弁当箱。一段はすべておかずを入れなければならないのです。娘におかずの好みを聞くと、必ず「なんでもいいよ」と答えますが、決してそんなわけはないのですファッションに、味にうるさい女子中学生のお眼鏡にかなうためには、並大抵のことではありません。初日、色どりにいちごを入れたら、「匂いが出るからダメ。」と言われ、その後も数々のダメ出しをされ、改善してまいりました。そのため、私はお弁当作りを実験と呼ぶようになりました。それほどの緊張感があるのです。
すると、この完璧なお弁当を早朝作らなければならないと思うと、夜寝る前にも緊張し、よく眠れなくなってきてしまいました。べテラン主婦の皆様からみれば、お笑いになることでしょう。お恥ずかしいです。この悩みを友達に話すと、「そのうち慣れてきて平気になるよ」というお言葉。すると本当にだんだん緊張もなくなり、今では二度寝をしております。しかしお弁当作の中身もなんだか雑になり、以前のように綺麗でなくなりました。でもこれくらいのゆるさが大事なのだと思います。

 

春の夜や同窓会の帰り道

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先日、小中学校時代の同級生のお通夜に参列しました。私の年齢になると、同級生が亡くなることも、少しずつ多くなってきました。
 亡くなった友人とは、数年前に同窓会で再会し、それから一度も会うことはありませんでした。「じゃあまたね」と次にすぐ会えるつもりで別れたのですが、それから同窓会は途絶えていたのです。
 お通夜では、以前一緒に同窓会をしていた友人たちと会いました。すると、開口一番、「やっぱり同窓会やらないとだめだね」と誰かが言い出しました。やはり皆思ったことは同じだったようです。
 私達は、いずれ必ず死んでしまうから、生きているうちに、もっと友人たちとたくさん人生を語り合いたい。小中学生から、この何十年と付き合えた縁を喜び合いたいのです。 
 でも実は私、若い頃は大の同窓会嫌いでした。「過去など振り返っていられない」という気持ちで、一度も参加したことが無かったのです。そんな私の心情の変化はやはり年齢を重ねたことにあるのでしょう。そんな自分を少しおかしく思いながら、次回の同窓会は先日亡くなった友人の思い出話に花を咲かせるつもりです。
 

 

いずれ来るはずでありたる春を待つ

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この冬は暖冬にすっかり慣れていたのに、いつの間にか平年並みの気温になっています。あまりにも寒い。というより寒く感じるのです。冬だから当たり前なのに、出だしの暖冬が私をダメにしたのです。
 と、冬の愚痴はこれくらいにしまして。本当のところ冬はむしろ過ごしやすい季節なのです。私が一番恐れているのは、冬が明ける頃、春の始まりです。そうスギ花粉の季節です。先日、朝から鼻水がとめどなく流れ出る日がありました。我慢できずに、アレルギーの薬を飲み、点鼻薬の強力なものをしましたが、効き目はまったくありませんでした。まだ一月だというのに、この状況。いったい私はこの先どうなってしまうのでしょうか・・・。そう思うと、大変暗い気持ちになってしまいました。ですが、その鼻水も三日ぐらいしたら何事もなかったようになくなりました。あれはただの風邪だったのか、それともやはりアレルギーの始まりだったのかわかりません。それにしても、春を迎えるにはこの大きなハードルであるアレルギー症状を超えなくてはなりません。私にとって春は果てしなく遠いものなのです。冬はまだ平和な季節。実はいつまでも続いてくれてかまわないと思っています。でも私の気持ちなど関係なく、春は着々と近づいてきているのです。

 

日常の中にありたる炬燵かな

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大晦日の夜、こたつで家族そろって年越しそばを食べました。「今年も色々あったね」などという、よくある話でもしながら・・・と思っていたのに、なぜか会話が弾みません。私の作った蕎麦(スーパーのセールで買った冷凍そば)がまずかったのか、どうも皆、はしが進まないのです。結局、全員半分くらい残してしまいました。こうなると主婦は機嫌が悪くなってきます。「まったくそもそも何で私だけが家事をしなければいけないのか」という深い事を考えだします。そのようにモヤモヤしていると、主人が体温計を持ち出し、「熱がある」と騒ぎ出しました。続いて娘が「気持ち悪い」と言い出し、大騒ぎ。それぞれに薬をみつくろったり、やっとのことで寝かしつけました。どうやら二人とも、風邪で食欲がなかったもよう。それから数日は息子と二人だったので、リビングもこたつも広く感じられました。「誰かが足を伸ばし過ぎる」などというこたつ特有の喧嘩もありませんでした。しばらくすると二人とも元気になり、起き出してきました。空いていたこたつがあっという間にぎゅうぎゅうになりました。そしてまた日常がはじまります。
 

 

冬の日や和室におもちゃ広げたる

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昨日私宛に大きな荷物が届きました。依頼主を見ると、ある会社の懸賞係でした。久しぶりに大物が当選したようです。
 私の趣味の一つに懸賞応募があります。小学生の頃から暇があれば、テレビや雑誌にハガキを出していました。テレビの場合は、やはり競争率が高いのですが、小学生だったある日、テレビを見ていると、当選者発表のコーナーで自分の名前が出ていて、本当に驚きました。でも、驚いた割りに、当たったものは小さな絵本でした。それから何十年と懸賞に応募し続けています。当たることもありますが、もちろん外れることの方がずっと多いです。
 さて、今回当選したものは、息子のために応募した、電車と車のおもちゃセット。だいたい男のお子さんがいるお宅ではよく見かけるおもちゃですが、うちでは買ったことがありませんでした。高価で、とても場所をとるし、一つ買うとシリーズで集めたくなってしまう恐ろしいものだからです。私は「絶対にこのおもちゃに関連したものは買わない」と心に誓いました。そして場所の問題は、リビングがちらかるのを避けるために、和室をこのおもちゃ専用にしました。今朝は早くから和室からおもちゃの音が鳴り続けています。何日で飽きるのでしょうか。

 

爽やかに小学生ら挨拶す

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先日の日曜日、小六の娘が男女合わせて七人の友人を家に連れてきました。事前に娘には、「お父さんは皆の前に出てきちゃだめ。お母さんは『あら、いらっしゃい』ってだけ言って、クールな感じにして。」と厳しい指導を受けました。娘は日頃から「お父さんは太っている」と言い、「お母さんはひょうきん過ぎる」と言って、恥ずかしがっているのです。でも主人は「自分は太っていない」といつも言っていて、まったく自覚がありません。私も、娘の友達の前で特別何かをした覚えはないのですが、どうやら無意識に冗談を言ったりしているようです。「無意識」というのが、自分でも少し恐ろしい気がします。
 思い返せば、私の亡母も同じでした。私の友達が遊びに来ると、途端にひょうきんなおばさんに変わりました。覚えているのは、「今晩はお風呂のお湯入れないからね。うちは三日に一度しかお風呂に入らないんだから」などと、あたかも本当の事のように友人に言うのです。友人たちのひきつった顔が忘れられません。
 そんなことを思い返せば、娘の気持ちはよく分かります。仕方なく私はこの日、娘の台本のセリフ通り、「あら、いらっしゃい」とだけ言い、後は一切姿を見せないようにしました。しかし、何か物足りない気がしたのは、母から受け継いだ遺伝子のせいなのでしょう。
 

 

美術館敷地に入ればはや涼し

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夏休みの終わり頃、少しは子供たちをインテリな所に連れていかなければと思い、私と子ども二人で美術館に行きました。
 まだまだ暑いさなか。バスを降りて、さほどの距離でもないのに、美術館までものすごく長い距離に感じます。私が日傘をさし、子供二人が横にピッタリとくっついて歩きます。いつも私一人ならば速足や、やや駆け足気味なのですが、まだ5歳になったばかりの長男の歩みに合わせなければなりません。そんな時、必ず思い出すのが、象の生態です。母親象が子象とぴったりくっついて歩く姿を、よくテレビなどでみる事があると思います。それは仲がよいというだけではないのです。強烈な日差しから、母親の体をもって子象に影を作り守っているそうなのです。ですから、母親と生きわかれ、人間に育てられている子象が背中に毛布をしょっている姿を見たことがあります。その毛布は母親の代わりの日除けなのです。その光景をずっと思い出し歩きました。やがて、やっとのことで美術館に着きました。それは砂漠の中のオアシスのようでした。そして着いていきなり、隣接するカフェで「天然氷のいちごミルクかき氷」を食べました。娘は、「この夏食べたかき氷の中で一番おいしい」と満面の笑みを見せました。

 

約束を果たして虹の立ちにけり

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先日、和田堀廟所という築地本願寺のお墓にあたるところの職員さんから電話がありました。てっきり住職への法話依頼かと思いましたら、「今回は毛利法子先生にお願いします」と言われました。なんと、私への法話依頼でした。人前で法話をしたことなど、ほとんどない私。資格だけは十数年前にとっていて、それから何もしておらず、正にペーパードライバーの状態。この十数年、結婚、子育て、立徳寺の設立、と激動の時代でしたので、法話の勉強はしてきていませんでした。そんな私への青天の霹靂でありました。 そういえば、亡き母は元気な頃、いつも「法話の勉強しておきなよ」と申しておりました。一応「うん」と答えてはおきましたが、何もせず月日は流れていったのです。この法話依頼を受けた時にはすでに一か月をきっていました。「いったい何について話せばいいのか」と悩んでいました。
プレッシャーからか毎日ひどい頭痛に襲われていたほどです。そしてやはり、それは二年前に亡くなった母のことしかないと思いました。母の死を通して、改めて気づかされたことが多すぎたからです。そして当日、何とか無事に終わることが出来ました。上手い下手があるとしたら、もちろん下手だったでしょうが、それより何より、長年の母との約束を果たせたような気がしました。

 

パンケーキ並ぶテーブル風薫る

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先日、ママ友達二人と、パンケーキの食べ放題に行きました。二人とも私よりずっと若く、その姿はまるで姪を連れているおばのようです。一時間も前から行って、鼻息荒く、その開始を待っておりました。しゃべっているので、一時間などあっという間です。恐るべし、主婦の井戸端会議パワー。その間、まったく周りは見えていません。
 さて、始まりと同時に、食べながらも次のオーダーをする友人たち。若いといえどもしっかり者です。でも、メープルシロップの入れ物を「これお醤油だよね」と話しているのには驚きました。急にここにお醤油が置いてあるわけがないのに。
 最初にギブアップしたのは私でした。「もうそろそろ限界かも」という私に、「もう?」と驚く二人。でも十数枚は食べたので、かなりの量だと思うのですが。そのうち「じゃあ私もやめておこう」とやめてしまう二人。「私の分も頑張って」と言っても、「お腹いっぱい過ぎると、後が大変だから」と言うばかり。しかし、二人の気持ちは分かりました。本当はまだ食べられるけれど、年上の私に気を遣ってくれたのでしょう。何だか、いたわられることの寂しさを感じました。
 
 

 

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