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坊守の俳句エッセイ

壁紙の絵柄に蜘蛛の加はりし   釋法蓮(法子)

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一年前に伊勢原市に越してきてから、たくさんの虫たちを見かけるようになりました。かたつむり、蟻、ミミズ、ムカデなど、以前住んでいた築地ではあまり見かけることはありませんでした。とりわけ、毎日のように家の中でも、庭でも見かけるのが蜘蛛です。家の中では、いたる所で家蜘蛛が姿を現します。冒頭の句のように、壁紙の絵だと思っていたら、蜘蛛だったこともありました。娘は蟻ほどの小さな蜘蛛にも「怖い怖い」と泣き叫びますが、私はその蜘蛛を殺しません。子供の頃から父が、「蜘蛛は害虫を食べてくれる」と言っていたのと、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」の内容を思い出してしまうからです。主人公が蜘蛛を踏み潰さなかったことで、地獄で蜘蛛に助けられる訳ですが、私も秘かにその蜘蛛の糸を期待しているのかもしれません(笑)蜘蛛は普段はひっそり静かで、時にすばやく動き、そして糸をはいて、芸実的な巣を作り出す、ミステリアスな虫です。ある日リビングのシャッターを下ろすと、その内側に今まで見たこともない大きな蜘蛛が一緒に下りてきました。その蜘蛛というのが、なんと、私の指よりも太い手足を持ち、全体に毛が生え、身体には大きな円の柄が一つある、男の人の手のひらほどの蜘蛛でした。蜘蛛が苦手でない私でも、さすがに大声を出してしまうほど、びっくりしました。そして蜘蛛は音もなく、するするとまたシャッターの隙間にもどっていきました。いったい何年くらい生きていれば、あんなに大きくなるのでしょうか。今でも同じ屋根の下に暮らしていると思うと、まさにミステリーです。

 

学生のファッション眩(まぶ)し夏来る   釋法蓮(法子)

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この句は、私が5年前に宗門校である武蔵野大学大学院の修士課程に在籍していた時に作ったものです。私は社会人として入学していたので、もう三十路でした。学友も学部を出たての二十代前半から初老までと幅広く、色々な立場の方が集まっていました。十年ぶりのキャンパスはとても新鮮でした。とりわけ目を引いたのが、やはり学部生の子たちです。夏になると服装はなおカラフルになり、ケータイ片手にサンダルやミュールで階段をカンカン音を立てて上がる姿は、カルチャーショックでもあり、とても新鮮で眩しく映りました。もう私には決して出来ないファッションです。

思えば、大学時代の私は勉強に打ち込んだ訳でもなく、かといって遊びに走った訳でもなく、これといった目標もない毎日でした。ただなんとなく大学に通い、これでいいのかと思いながらも、漠然とした将来への不安を抱えて過ごしていたように思えます。きっと今の学生である彼女たちも同じ気持ちなのではないでしょうか。派手なファッションやメークは、そんな不安な気持ちを誤魔化しているようにさえ感じるのです。

 この句は、二度と来ない青春の真っ只中にいることをしっかりと胸に、今という時を謳歌してほしいという、私のアネゴ目線の気持ちなのです。しかし私は思いもかけず、その後大学院で再び、キャンパスの青春気分を味わうことができました。両親や有縁の方々に深く感謝をいたしております。

 

鞦韆(しゅうせん)の鉄のにほひの掌(たなごころ)   釋法蓮(法子)

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私の最近のブームは娘と公園へ行くことです。夏と秋は蚊が多いのと、冬は寒いのですっかり足が遠のいていましたが、春めくこの頃、午後は公園で過ごすのが日課となっています。子供を遊ばせに来た同じ年頃の子を持つ母親とおしゃべりをしたり、娘と一緒に空の下で遊ぶのは、とても楽しいものです。
 娘は公園に着いて真っ先に向かうほどブランコ(鞦韆)が大好きです。私も子供の頃、近所の神社の境内にあるブランコが自分の指定席のように毎日乗りに行っていたものです。

 ブランコは四月の季語です。何故春の季語なのかというと、この時期のブランコが格別に長閑で趣があるものと見られているからです。長閑なイメージの反面、またなんとなく淋し気な感じもあります。日が傾き始めると、ブランコを漕ぐ音も悲し気に聞こえ、だんだん家が恋しくなってきます。そして家路に着くのですが、手のひらにはさっきまで握っていたブランコの鉄の匂いがずっと消えなかったのをよく覚えています。そんな思い出をこの句にしたのです。

 今私も娘の隣でブランコに乗るのですが、昔のようにはいきません。まず座席にギリギリお尻は入るのですが、足が曲げられないため、漕げません。昔は勢い余って一回転をしてしまうのではないかとすら思える程だったのに。そんな私の横で娘は最近一人で漕ぐ方法を覚え、楽しそうにいつまでも漕いでいます。そしてふと気付いたのですが、ブランコに乗ったはずなのに私の手のひらは何の匂いもしません。きっと子供の頃は落ちないように、ぎゅっと力を込めて握り、長い時間乗っていたから匂いが付いたのだと思います。代わりに今は娘の手のひらが、そのようになっていることでしょう。

 

野生馬よ遊牧民よ春の土   釋法蓮(法子)

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私の是非行ってみたい国の一つがモンゴルです。この句は、モンゴルの草原をイメージして詠みました。地平線の見える広い草原で、たてがみをなびかせ駆ける野生馬。そしてその大地で家畜の飼育を行いながら移動生活を営む遊牧民たち。そんな生活に憧れてしまいます。行ったことのない異国の地のことを、たった十七文字で自然と人間の融合、生命のたくましさを表現できてしまうなんて・・・。大袈裟かもしれませんが、やはり俳句ってすばらしいと改めて感じました。
 
 馬といえば、乗馬をしているのと同じ感覚が味わえる運動器具がこのところ流行っていますよね。ダイエットに効果があるらしく、とても欲しいのですが、高価なもので手が出ません。先日電気屋さんで、十五分間の試乗をしてきました。目をつむれば本当に馬に乗っているみたいな動きです。私は激しい動きにしてみたり、手ばなし乗りをしてみたりと、すっかりはしゃいでいました。しかし翌日、なんと全身が筋肉痛になってしまったのです。これではとても遊牧民の生活など、送れる訳がありませんね

 

立春の空晴れ渡り吾子生るる   釋法蓮(法子)

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2月4日は立春の日です。暦の上ではこの日から春になります。そして、この日は「お寺のののちゃん」でおなじみの娘の誕生日でもあります。2004年の2月4日のまだ外が暗い早朝に私は破水をし、急いで病院へ行きました。すぐに陣痛が始まり、数時間後の午前十時に夫の立会いの下、娘が生まれました。私はいわゆる安産でしたが、それでも出産の壮絶さは十分に感じました。今まで味わったことの無いひどい腹痛と腰痛が数時間続き、いきみのためか、暑くてたまらず、のどは渇き、汗が噴き出し、顔を真っ赤にしていました。まるで、長距離マラソンを全速力で走り切った感じです。でもその分、壮快感や充実感もまた今までに無いものでした。
 
 病室に戻り、窓の外を見ると、とても天気の良い日だったことに気付きました。昨日までは、冬の寒空にしか見えなかったのに、出産後のためか、立春の日のためか、その晴れ渡った空が、私には春の空に見えたのです。
 あれから3年が経ち、娘は大変やんちゃな子に育ち、叱ってばかりいるうちに、私はすっかりオニババになってしまいました。そんな忙しい子育ての日々に追われながらも、時々心の中で、あの立春の空を仰いでは、生命の尊さを感じています。

 

お下がりのセーター袖を折り返す   釋法蓮(法子)

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先日、来年度からの娘の幼稚園の入園が決まりました。幼稚園には制服がありますが、我が家では新調するのではなく、市役所の「譲ります」というコーナーの古着を安く譲っていただくことにしました。毛玉は少々付いてはいますが、気になるほどではありません。それどころか、母親が考えたのか、ブラウスに付けるリボンにはゴムが取り付けてあり、着易いように工夫されていて、とても感心しました。またアップリケで、その子のお名前が一つ一つ貼り付けてあり、子の成長への期待と喜び、そして何より愛情が感じられ、それを取り外すのは、なんだか忍びない気持ちにすらなりました。そんな私の気持ちをよそに娘は早速、「お姉ちゃんの服だ」と言って、制服を着、帽子をかぶり、かばんをしょって、はしゃぎ回っていました。

 我が家では、娘の服のほとんどが、親戚に頂いたお下りを有難く着させていただいております。○○ちゃんが着ていた服。というのも、なんだか嬉しいもので、冒頭の句のようにサイズが合わないのも、お下がりゆえの愛嬌です。古着の良さは、その持ち主の過去や感情を共有できることだと思います。 
 思えば、立徳寺の建物も中古ですし、ご本尊や仏具も廃寺になったお寺からお迎えしたものです。それらにご縁のあった方々のお気持ちを胸に、これからも大切に大切にしていきたいと思います。

 

使はれぬままに置かれし暖炉かな 釋法蓮(法子)

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いよいよ年末になり、だいぶ寒くなって参りました。私は大変な寒がりで、一年中暖房器具が手離せません。なんと、夏でも電気毛布を使って寝ているくらいなのです。
 立徳寺の庫裡のリビングには大きな暖炉があり、横には燃料である薪と木炭が積まれています。立徳寺は中古の住宅を改装したので、この暖炉は以前の持ち主の方の趣味で作られたものなのです。当初は撤去する案もありましたが、私は断固反対でした。何故なら私は子供の頃から暖炉がある家というものに憧れていたからです。暖炉の前で編み物をしたり、あたたかいスープを頂いたり。まるで北欧のような生活を夢みていました。あくまでも寒さは苦手ですが・・・。  
 しかし、立徳寺の暖炉は今や完全なオブジェとなっています。使い方がわかりませんし、後始末も大変そうなので、使ったことはありません。なにより、やんちゃな娘が触ろうとするに違いないので、非常に危険なのです。でも、暖炉の似合う季節になってくると、だんだん使ってみたくなってきました。年に一度でいいので、いつの日か娘が大きくなったら、静かな雪の降る朝に火を灯してみたい・・・。私の今の小さな夢です。

引っ越して来たりし街に笹子鳴く 釋法蓮(法子)

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 東京の築地を離れることになった時は、正直寂しい気持ちもありました。何故なら私は、いわゆる有名店や気になる怪しいお店などは必ず一度、食し てみたいと思う性。そんな私にとって、銀座も近く、たくさんの飲食店が並ぶ築地は、まさに宝島だったのです。そしてこの度、ご法儀伝道のため、伊勢原市に 引っ越してきて、はや七ヶ月が過ぎました。大山がそびえる広い空、澄んだ空気は格別です。ゆっくり流れる時間の中で庭の草むしりや、柿をもいだりする今の 生活は、築地での生活が遠い昔のことのようにさえ感じられます。

 ある日の夕方、窓を開け、外をぼんやり眺めていました。立徳寺は高台にあるため街を見下ろすように、遠くの方まで見通すことができ、私はこの景色がとて も好きです。その時、夕風に乗って何かを売る声が聞こえてきました。なんとも風情があるものだと思っていると、今度ははっきりと聞こえました。あの有名な 焼き芋のメロディーに乗せて「餃子~。ぎょ~ざー。美味しい美味しい餃子の移動販売でーす。」なんと餃子の移動販売とは!これには大変感激しました。

 冒頭の句は、引越してきた新しい街で笹子が鳴いたという句です。笹子とは鶯の子のことで、まだ、ホーホケキョとは鳴かず、鳴き習うように聞こえることを いいます。新しい土地に対する不安と期待を抱く、私自身の気持ちかもしれません。それぞれの土地に素晴らしさがあり、私たちもこの土地に慣れ親しむ中で、 立徳寺が皆様の聞法道場として発展していければと思っております。

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