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坊守の俳句エッセイ

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所望する前に煮られしおでんかな

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うちの子供たちはおでんが大好きです。でも、どうも私はあまり自分が好きではないため、作る気にならないのです。おでんって地味だし、何か気分も上がらない感じがします。

 子供たちはたびたび、今日はおでんが食べたいと騒ぎます。そこで、仕方なくリクエストに応えています。何故かと考えてみると、「おでんくん」というおでんの具材たちがたくさん出てくるアニメが大好きなのです。それは、主人公が餅きんちゃくで、たまご、こんにゃく、はんぺんなどが人生を語るという、シュールなお話です。その影響なのでしょう。

 先日の寒い日、「よし、今日もおでんだ」と先手を打ち、昼間からおでんを煮ていました。私としては誇らしげな気持ちでいました。しかし、どうも皆の箸が進みません。そうです。子供は特に飽きっぽいことをすっかり忘れておりました。それ以来おでんをねだられる事はなくなりました。少し悲しい気持ちでおります。

 

秋草をサバンナのごと猫の行く

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珍しくもないですが、私はかなりの愛猫家です。十五年以上も前に実家で飼っていた猫の写真を今でも部屋に飾っています。何故か正式な名前がなく、「ねこさん」と呼んでいました。「ねこさん」は私が拾ってきました。昔は今より野良猫が多かったように思います。そして、ある日突然、いなくなり、帰りを待ち続けましたが、二度と戻ってくることはありませんでした。
 
立徳寺の境内にもたくさんの野良猫がやってきます。太っていて、おっとりとした「ねこさん」とは違い、どの猫も目つきは鋭く、身体も痩せています。私を見ても、簡単には逃げません。さすが、肉食類の貫録。草むらを歩く姿はライオンそっくり。
 
先日、境内で、向こうをむいていた野良猫が、私が洗濯物を干しに、外へ出ると、口をぺろりとなめながら、振り返った後、逃げてしまいました。
「今の仕草は何かを食べていたに違いない」
と近づくと、それはトカゲでした。
 
「これ置いてかないでよ」と思いましたが、すぐに蟻が群がっていたので、まぁ安心しました。野良猫には悪いことをしたと思っています。

 

さみだれや万年筆を置く机

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万年筆は私にとって、勝負ペンです。万年筆で書いた時だけ、字が上手だと褒められます。でも、ここ数年インクがきれていたため、使っていませんでした。店頭で見ても、売っていないため、店員さんに尋ねるのが面倒だったのです。そこを先日、思い切って聞き、奥から出してきてもらい、やっと買うことが出来ました。
 
 大学生の時、ある先生が「万年筆を持たない学生はこの講義を受けられません」とおっしゃったのです。
しかも決まったメーカーの物で、決まったインクの色を使わなければならないと。「万年筆は、出席簿を書く時、その人の字の癖が顕著にでるので、代筆が出来ないのです」と嬉しそうに理由をおっしゃっていました。今ならクレームが来そうな話です。丁度、父がその時、その万年筆を持っていたので、それを貰い、二十数年今でも愛用しています。もしあの講義をとらなければ、万年筆を一生手にすることはなかったかもしれません。今は安くて書きやすいペンがいくらでもありますから。
 
 そんなことを思い出しながら、インクを入れた例の万年筆で書いてみると、あら不思議。
 
自分ではないような美しい字に見えます。でも手紙など滅多に書かない時代。万年筆の字が上手などという特技を生かす機会などありません。時代が時代なら「筆美人」と呼ばれたかもしれません。

 

人々の集い皐月の空の下

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先日、小五になる娘の運動会でした。最近の小学校では、春に運動会をするところが多くなっています。温暖化による残暑の厳しさが、理由の一つのようです。
 
それでも、毎年運動会の暑さが増しているような気がします。自分が年を重ね、暑さが身にしみるのでしょうか。
しかも、当日はよりによって今年初の猛暑日でした。そんな日に一日中、校庭にいる暑さというのは、まさに若者の言う「ヤバい」という言葉がぴったりです。
でも、そういう時の対策を私は身につけています。
 
そう、それはオバサン同士のおしゃべりです。普通主婦は、夜にお酒を飲みに出歩いたりしません。
ですから、昼間こそ情報交換とコミュニケーションをはかるチャンス。知っている人を見つけたら、ここで逢ったが百年目とばかりに話しかけます。
 
子供の話や、ちょっとしたうわさ話で盛り上がると、暑さなどすっかり忘れています。
 
しかし、しゃべりすぎたのか、家に帰ると熱中症のような症状が。
しかも娘の写真はどれもピンボケ。娘に怒られてしまいました。

 

もてなしは新茶淹れたることなりし

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先日、娘の家庭訪問がありました。今年の担任の先生は若い二十代の男性です。気のせいかもしれませんが、この前の授業参観で、お母様方は明らかに嬉しそうでした。皆、思うことは同じなようです。
 
さて当日。掃除もし、お湯も沸かし、お茶の準備も万端。でも直前に気温が高いのに気付き、冷茶にすることにしました。どうせ召し上がらないだろうけど、一応、形だけはという気持ちで。そして少し早めに来られた先生に焦った私は、そこら辺にあるコ―スターをつかんで出したのです。先生はいかにも二十代の先生といった感じの黒ぶちメガネにバッチリス―ツで、なおかつ落ち着いた印象。
 
話も尽き、帰られる時、気遣いをされたのか、お茶を飲まれました。その時!コースターの絵があらわになってしまったのです。
 
それは「○斗の拳」という過激な描写やセリフで有名な少年漫画。先生はじーっと見られ、笑顔で「面白い絵ですね」と一言。コースターって意外と目立つものなのだと知りました。

 

握りたる野蒜こぼして来たる道

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先日、娘が友達たちと公園に遊びに出かけていきました。すると片手にいっぱいの野蒜(のびる)を握りしめ、帰ってきました。「ほら、お母さん、野蒜だよ。食べられるんだよ。」と、誇らしげに、テーブルに置きました。たちまち立ち込める葱のような臭い。玄関にも廊下にもたくさん落ちていて、家中がその臭いになりました。聞けば、友達と野蒜取り競争をしていたというのです。
 
 実は私、野蒜を見たのは、これが初めてでした。
 
春の季語だとは知っていましたが、お店に売っている訳ではないし、こういう植物は、誰かに直接教えてもらう以外に、知る方法はないのです。
まさか今どきの小学生たちが知っているとは。
しかも、その子たちはしょっちゅう摘んでいるらしく、慣れている手つきだったと言います。
 
そして、当たり前のようにその場で食べていたというのですから、「たくましい」の一言です。
これからも、娘に色々教えてあげてほしいと思います。

 

出張の夫の代わりに雪掻きす

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 先月の関東方面の大雪の被害は大変なものでした。朝一番に住職と雪掻きしましたが、そうしないと車を出すことも、門を出ることも出来ません。でも雪掻きとは本当に重労働で、たいした道具も無かったせいもあり、時間がかかりました。庭の一部分を終わらせて、二人とも腰痛でギブアップ。門を出てみると愕然としました。まだ敷地の前の歩道が残っていたのです。しかし、体力はもう残っていません。「歩行者が多いから、踏まれて溶けるかもしれない」と思い、そのままにしました。
 
 そして次の日。歩道は踏み固められ、溶けるどころか、頑丈な氷になっていました。スコップで砕こうとしても歯が立ちません。すると主人が「これでやるといいよ」と、どこからか鍬を持ってきてくれました。そして、「俺はこれから仕事だから、頑張ってね」と。たとえ鍬でも、氷を砕くのは簡単ではありません。
 
少しずつしか割ることが出来ず、アスファルトに打ちつける衝撃が手にひびきました。腰はずっとまげたまま。
結局、数メートルに二時間半かかりましたが、終わった時の達成感は、計り知れないものがありました。
 
しかし、やるべきことを先延ばしにすると、余計大変なことになることを思い知らされたことでした。

 

キッチンの混み合ひバレンタインデー

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最近、主人の先輩である同じく寺の住職さんが、よく料理を作り、しかも後片付けを完璧にするという話を聞いてきました。すると主人はさっそく感化され、何かと料理をしたがるようになりました。
また、娘もこの頃、実験のように何かを作っています。牛乳、卵、黄粉、果実、小麦粉など、あるものを取りあえず混ぜて、焼いております。見たこともない物体(オリジナル料理)を作っては、皆に食べさせています。
 
 一方、私は出来る限り効率よく、早く料理を作りたいのです。しかもなるべく汚さずに。ですから、必死で台所に立っているので、他に誰かがいると、正直テンポが崩れるのです。そういえばイタリアの主婦は、台所は城なので、娘にすら入らせないと聞いたことがあります。わたしの場合、そんな立派なこだわりを持っているわけではないのですが。
 
 昨年、娘が友達にあげるバレンタインデーのチョコを手作りすると言って、台所を占領し、主人も面白がって手伝っていました。
すると友達は「お父さんが作ったの?」と、とても驚いていたそうです。今年もそうなる事と思います。

 

いきなりの叱咤激励初電話

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私は最近、娘の教育について悩んでいます。ついこの間まで教育には無関心でした。習い事もやらせていませんでした。母が亡くなってから、母の妹である叔母と電話で話すことが多くなりました。
 
 私の母は「勉強なんて出来たって仕方がない。元気ならいい」と言っており、私もそう思っていました。しかし叔母は、私の教育状況を知り、怒りました。「塾に行け、何か習わせろ」と。最初は聞き流していましたが、
「何か習うということは自信をつけさせることなんだよ」
と言う言葉に共感したのです。
 
そしてまずは娘がやってみたいというフルートを習い始めさせました。娘は子ども特有の早さで上達していきました。すると私が何か口出しすると、とても怒るのです。自信とプライドが出てきたのでしょう。
 
また、今度は「友達が塾に行き始めたので自分も行きたい」と言い出しました。これも近々行かせなくてはならないと思っています。
本人がやりたいというものは、出来る限りやらせてあげたいと思うのですが、なかなかそれにはお金がかかるものです。
結局、それが私の教育の悩みということなのです。

 

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