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法話

南無阿弥陀仏のお念仏はどういう意味?

 皆様は今まで何回お念仏をされてこられましたか。それこそ数えきれないという方もおられるかもしれません。先日、お寺に南無阿弥陀仏のお念仏について尋ねてこられた方がおられました。「南無阿弥陀仏はどういう意味ですか?」
 
「念仏(南無阿弥陀仏)は親の呼び声、子の返事」といいます。阿弥陀様という仏様は、いつでもどこでも誰にでも声をかけてくださっています。その声(南無阿弥陀仏)、言葉の内容は「たとえどんなことがあっても、あなたを見捨てないよ、あなたと私はいつもいっしょだよ、だから何の心配もせずに堂々と自分の人生を歩んでいきなさい」というものです。
 
 さて、この南無阿弥陀仏のお念仏を親鸞聖人は「本願招喚の勅命」とおっしゃいました。勅命とは断ることのできない命令をいいますが、阿弥陀如来様が私に念仏させていると示されたところです。阿弥陀様が私に念仏させているとは、どういう事でしょうか。
 
 私には二人の子どもがおりますが、現在長女は中学一年生です。幼い頃は私の事が大好きで、いつも私の後をついて歩いていました。いわゆるお父さん子でした。寝るのも、お風呂も、遊ぶのも、いつも私と一緒です。あまりに私の方ばかりにくるので、妻はなんだか不満そうな毎日でした。そんなある日、我が家で事件が起きました。三歳の娘がトイレに入って、内側から誤って鍵をかけてしまいました。誤ってかけたものですから、開け方が分からず、泣きながら助けを呼んでいました。「怖いよー。鍵が開かないよー、助けてー、お母さーん!」と。
 
 妻はその一言でそれまでの鬱憤が晴れたと言っておりました。あんなにお父さん子の娘が、どうしてお母さんを呼んだのでしょうか。どんなに私の好きであっても、本当に困った時には、仕事で家にいるかどうかも分からない私の名前は呼びません。呼べば必ず来てくれる人、いつでも必ずそばにいてくれる人の名前を呼んだのです。確かに呼んでいるのは娘の声ですが、呼ばせているのは母の愛です。
 
 南無阿弥陀仏のお念仏も同じです。お念仏申しているのは私の口であっても、念仏せしめてくださっているのは阿弥陀如来様のお慈悲です。親鸞聖人が本願召喚の勅命とおっしゃたのは、その阿弥陀様の親心のようなお慈悲をお示しくださったのです。
 
 阿弥陀様はいつも、どこでも私と共におられます。そしていつも「南無阿弥陀佛、南無阿弥陀仏」のお念仏、私への呼び声となって、私の口から出てくださいます。その声を私の耳で聞いていくとき、私と阿弥陀様はひとつとなり、まわりの人々とともに人生が
広がるのです。苦難にみちた人生をわかってくださる真実の親様、阿弥陀様といつも一緒ですから、悲しみは半分に喜びは倍になるのです。南無阿弥陀仏の声となって寄り添ってくださる仏様です。
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