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法話

最近親しい人を亡くされた方へ

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 私が僧侶になってから、二十年余り、数えきれないほどのお通夜お葬式を勤めてまいりました。ご遺族の方から「故人は、今どうしているのでしょう」と涙ながらのご質問を受けることがよくあります。残された私達は、親しい人との別れという大きな悲しみの中で、死というものをどのように受け止めていけばいのでしょうか。
 
 まず、亡き方は私たちにたくさんのものを残してくださいました。ご生前のご苦労はもとより、私たちはどんなに愛しい人であっても、必ず別れていかなければならないこと、死とは自然なことであり、死の縁に触れれば、老いも若きも人間の命を終えていかなければならない、無常の理の中に生きていることを、自らの死をもって、人生最後の教えとして、お示しくださっているのです。そして、普段は当たり前と思っていることが、どれほど有難く、すばらしいものであったか、死別という悲しみや寂しさを通してでしか見えてこない、大切なものを気付かせてくださったのです。
 
 いまや亡き方は、阿弥陀如来様のみ手に抱かれて、お浄土で仏となっておられることでしょう。仏様の教えの中には倶会一処(くえいっしょ)という教えがあります。またひとところで善き人と会うという意味です。私たちも、この無常の理の中で生きている限り、いつか必ず人間の命を終える時が来ます。その時には、今度は仏同士として、お浄土でお会いすることができるのという教えです。それまで、先にお浄土という命の故郷で仏となって、「安心して生きてください。いつでも傍にいるのですよ。」と、私たちをお浄土へ生まれる道へと導いていてくださっているのです。
 
仏になられた方が、私たちが悲しむ姿を見て、どうしてお喜びになるでしょうか。それよりも、いつでも仏となって傍にいてくださるのだと、心の糧として、この人生を感謝のお念仏の中で精一杯生き抜いていく、その姿を見られた時に初めて、亡き方はお喜びになるのだと思います。親しい人を亡くすことは、とても大きな悲しみです。しかし、その悲しみを、ただただ悲しみのまま終わらせないでください。その深い悲しみの中から、本当の心強さに気づいていただきたいのです。
 
「あなたに会えてよかった。あなたのおかげで本当に良い人生でありました。今度はお浄土でお会いしましょう。それまで、あなたの分まで、精一杯生き抜いていきますよ。」と、悲しみを心強さに変えていくことが、本当の意味で亡き方の死を無駄にしないということです。そして、残された者が、この悲しみや苦しみを御縁として、仏様の教えを聞かさせて戴く身になることが何よりも大切なことなのです。

 

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