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法話

お仏壇について

 人口の流動化や核家族化などの社会の変化によって、最近では、何世代にもわたって同じ家に住むことがめっきり減り、次々と新しい家が建ち、また引っ越しも頻繁に行われています。そうして移り住んだ家には、特に若い世代を中心に、昔はどの家にも必ずあったお仏壇が、安置されていないことが増えてきました。
 
 「なぜお仏壇を置かないのですか」と尋ねてみると、不機嫌そうな顔で「まだ誰も死んでいませんから!」とか「お仏壇は田舎にありますから」といった言葉が返ってきます。ですが、“誰も死んでいない”というのは、よく考えてみれば変な話で、“私”につながる数限りない先祖の方が亡くなっていたはずです。
 
 それはさておき、こうした言葉の裏には、お仏壇が今生きている家族の誰かが死んで初めて必要になるというものであり、ご先祖にしても、子孫の誰か一人(多くの場合、長男)が面倒を見れば事足りるという認識があるようです。さらに言えば、お仏壇は“死者やご先祖をおまつりするためのもの”と思っておられる方が多いようです。
 
 しかし果たしてそうでしょうか。お仏壇というのは文字通り、仏様をご安置する壇のことです。仏様とは、ご本尊である阿弥陀如来様のことです。私達のこだわりや苦悩によって、自己を見失いがちになる私をしっかりと抱きしめて、決して崩れることのない安らぎを与えて下さる仏様です。お仏壇は、そうした私の心のよりどころとなり、家庭の精神的基盤となって下さる阿弥陀如来様をご安置するためにもうけるのです。いじめ、家庭崩壊などの心の問題が山積みしている今、家族そろって阿弥陀様に手を合わせることがどれほど心豊かな家庭生活につながるかわかりません。
 
 また、ご門徒さんからこんな質問を受けたこともあります。「これまで、お仏壇にはご先祖が入っておられるとばかり思っていました。確かに阿弥陀様も大事ですが、ご先祖も大切に思っています。お仏壇が先祖をまつる所でないとすると、いったいご先祖は何処におられるのですか」と。
ご先祖様をとても大切にしておられるご門徒さんなのですが、どうしても阿弥陀様とご先祖様を別々の存在として捉えておられるようようです。
 
 「先祖をまつる所ではない」というのは、例えば霊魂のようなものがお仏壇の中に入っていて、その先祖の霊魂を慰めるというものではないということです。 それでは、ご先祖様はどうなったかというと、阿弥陀様のお浄土に生まれられ、阿弥陀様と同じはたらきをする仏様になられたと味わうのです。
 
 したがって、お仏壇は、ご先祖を拝むというよりは、ご先祖が還られたお浄土を偲び、ご先祖をお救いくださった阿弥陀如来様のご本願のお心を味あわせていただくのです。
 
 さらに、ご先祖の願いを聞くと、何も「自分に手を合わせてくれ」と思ってはおられないでしょう。むしろ「真実の親様である阿弥陀如来様のお救いを信じ、力強い人生を歩んでほしい」とねがわれていることでしょう。そうしたご先祖様からの願いを聞き、阿弥陀如来様に心から手を合わすことが、すなわちご先祖様を敬い、感謝することになるのです。
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