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坊守の俳句エッセイ

食べきれる量さへあれば栗拾い

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秋も深まる今日この頃。たまには子どもたちに、行楽の秋らしいことをさせなければと、栗拾いにいくことにしました。
 山あいの方に車を走らせれば、十分くらいで栗拾い農園が立ち並びます。さて、どこに入ろうかと迷います。何故かというと、私には栗拾いに一つ心配なことがあるのです。それは拾って持って帰った栗を、本当に料理出来るのかということです。栗はなにせ皮が固い。しかも一粒一粒が小さい。それを何十個もむくのですから、時間もかかるし、技術もいるのです。私の友人の中で、まめな方が栗ご飯を作り、手を切って、絵を描く仕事なので困ったという話を聞いたばかり。
 さて、かわいい木の看板を発見し、そこの農園に入ってみました。ここでは、店先ですでに焼き栗を販売しています。何と甘い香り。すぐに焼き栗を買い、「栗拾いはしなくていいので、栗の木だけ子どもにみせてもらっていいですか」と聞くと、おじさんは「どうぞどうぞ見てきてね。」と、笑顔で言ってくれました。その場で栗も食べられて、栗の木も見られて、私の目的にぴったり。子どもたちも、「安く済んで良かったね」と大人の意見を言っておりました。

 

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