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法話

門徒物忌み知らず

今月は「門徒物忌み知らず」 という言葉について考えてみたいと思います。
 
まず、「門徒」というのは、一門の徒輩(浄土門、他力の道を歩む仲間)という意味で、阿弥陀如来様の救いを信じる、浄土真宗の信者であることを指します。ですから00寺の門徒ですといえば、浄土真宗のお寺の信者であることがわかります。ちなみに他宗では門徒とは言わず、檀家といいます。
 
次に「物忌み」とは、平安時代に陰陽道の「物忌み」が日本で盛んになった考え方で、災厄や、霊鬼から身を守るための行いのことをいいます。現代でも、特に通夜や葬儀などの仏事には、いわゆる「忌み事」として、あたりまえのように行っていることがあるのですが、多くは死や死者をケガレと見る考え方から来ています。ですが、浄土真宗では、亡くなられた方を仏さまと仰ぎ、その死をケガレとは考えません。ですから、昔から浄土真宗のご門徒の方々は、この「忌み事」を必要のないものとしてきました。そのため浄土真宗以外の方々から「門徒物忌み知らず」と呼ばれるようになりました。   
 
現在でも、初めて葬儀を出される方々は、どうしてそんなことを行うのか、意味も分からないまま行われていることの多い「忌み事」は、本当は死者を冒涜するようなものばかりなのです。
 
例えばお葬式の例ですが、葬儀の後、出棺の際に棺の蓋に石で釘を打つ「釘打ちの儀式」が行われていることがあります。これは「石には霊を封じ込める力がある」という迷信から来ており、死のケガレを石の力によって棺の中に封じ込めてしまおうとするものです。最近では、それ自体も変わってきて、金色のハンマーで釘うちをする葬儀も聞いたことがあります。「もう出てきてはいけませんよ」と、棺の蓋を固定するというのです。「帰ってきてほしい」泣きながらおっしゃっておられたご遺族が、意味も分からずに釘打ちを行う事は、あまりにも悲しく思えます。
 
また、棺を霊柩車に乗せる前にグルグルと三回ぐらい回してから乗せる地方もあります。これは、棺を回すことによって死者の目を回し、今まで住んでいた家を忘れさせるためだそうです。これも「もう帰ってきてはいけませんよ」いう意味なのでしょうが、故人を偲ぶはずのお葬式が、もう邪魔者扱いです。
 
他にも、棺の中にお金を入れる忌み事もあります。昔、六文銭を棺に入れていたなごりのようですが、六文銭を入れるというのは、三途の川の渡し賃だそうです。「せめて三途というひどい世界だけは越えてくれ」といった気持ちが六文銭という渡し賃につながったのだと思いますが、結局は渡ったら帰ってくるなという発想から来ています。
 
出棺を終えた後も忌み事は続き、今度は火葬場への道を、行きと帰りでは変えると い うこともよく聞きます。「同じ道を帰ると亡くなった者がついてくる」と言っ て、家 までの道を覚えさせないために行われているのです。何だかここまで徹底 してくると 、忌み事は故人の冒涜にとどまらず、遺族をも苦しめるようなものに 思えます。
 
 最後には、葬儀や火葬場から帰ると、家の中に入る前に塩を身体にかけるという 忌み事があります。塩にはケガレを落とす力があると神道では信じられており、葬 儀や火葬場に行くと死のケガレがつくので塩を使ってケガレを落としてから入ると いうことだそうです。神道の方は塩を使っても良いと思いますが、我々仏教徒には 必要のないことです。物忌みはこれ以外にも、方角の吉凶、家相、手相、墓相、占 い、まじない、厄払いなど、数え上げればキリがありませんが、すべて迷信俗信の たぐいです。
 
浄土真宗のご門徒の方々は、この物忌みが、親鸞聖人がお示しになられたお念仏の教えとは大きく異なるものであり、これらが死者を冒涜するものであることをよく知っていたからこそ、忌み事を行ってはこなかったのです。我々浄土真宗門徒は、この「門徒物忌み知らず」という言葉を、浄土真宗の誇りであると受け止めてまいりました。しかし、一般的には、この物忌みが今もなお、当たり前のように執り行われているのが現実です。親鸞聖人は、こうした迷信俗信に惑わされている人々を悲しまれ、すでに八百年の昔に、
 
悲かなしきかなや道俗どうぞくの 良時りょうじ・吉日きちじつえらばしめ 
 
天神てんじん地祇じぎをあがめつつ 卜占ぼくせん祭祀さいしつとめとす
 
(正像末和讃)
 
 というご和讃を作られています。意訳すれば、「悲しいことに、今時の僧侶や民衆は、何 をするにも日の良し悪しを気にしてみたり、また天の神、地の神を奉り、占いやまじない などの迷信にかかり果てている」ということです。このご和讃に説かれていることが、科 学の発達した今日でも全く違和感なく受け入れられるところに、人間の根元的な迷いは昔 も今も変わらないということを、私たちに教えてくれています。浄土真宗の門徒に限らず 、真実なる教えに出遭い、根拠のない迷信や俗信に惑わされたり不安になる必要のない人 生を歩んでまいりたいものです。          合 掌

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