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お彼岸の心得 ~お墓参りは何のため~

今月は春のお彼岸を迎えます。「暑さ寒さも彼岸まで」と言いますが、近年の異常気象を考えますと、このフレーズが合わなくなる時代もそろそろ到来するかもしれません。
 
さて、彼岸とは読んで字の如く、向こう岸(浄土)のことであります。仏法では、こちら岸(人間界)から彼岸に渡る道、つまり浄土に生まれる道を教えてくださるものであります。それは、今私がすばらしい人生を送る道と言い換えることもできるのです。
 
さて、お彼岸というと、皆さんはどんなイメージがありますか。どうしてもお墓参りのイメージが強いでが、なぜお彼岸にお墓参りをするのでしょうか。
 
そもそも、お彼岸だからお墓参りをしなければいけないとういわけではありません。お墓参りは、心に思いが起こったら、いつ行ってもいいのです。たとえ命日であろうとなかろうと、懐かしい思いが起ったり、苦しい胸の内を打ち明けたくなったり、嬉しいことを報告したくなった時には、いつでも行くのが良いと思います。
 
例えば、受験の合格、結婚、入社など、人生の転機を迎えたら、ご先祖様に報告に行く事を勧めます。
 
私の今の人生は、たくさんの命のつながりの中にあることや、仏となられた方々が、いつも私を勇気付けていてくださることを改めて感じさせていただくことが出来るからです。お墓参りだけでなく、年回忌のご法事も同じ意味合いでお勤めいたします。
 
現代では、お墓参りの代行サービスなんてものもあります。確かに、お墓参りが出来ない方に変わって、お墓の掃除をしてきてくれるというのはいい事のように思えますが、それだけでは本来のお墓参りの意味がまったく無くなってしまうのです。
 
このお彼岸という行事は、私達が仏になられた方の願いに遇わせていただくためのものです。亡き方の願いとは、仏様の願いと同じです。仏様の願いとは、慈悲ともいいますが、私の人生に安心と心強さを与えてくださる導きをいいます。
 
いつでも亡き方は仏となって、嬉しい時も悲しい時も、私たちと一緒に喜び、悲しんでくださっているのです。先立った大切な方をこの私を導いてくださる存在として手を合わせていくことは、とても尊いことなのです。
 
そして、仏の世界に生まれられたご先祖方を偲び、やがて、自分も、老い病み死んでいかねばならない者であることを自覚する期間なのです。だからこそ、すべての者を、彼岸に救うと願っていて下さる、仏様の教えに耳を傾ける事が、何より大切なのです。  
 
毎年迎えるお彼岸は、私たちが、お浄土へ生まれる道をあらためて聞かせていただく中で、私の人生の終着地点を思い、先に浄土へ渡られた方からのはたらきに、私が心強さをいただくご縁なのです。浄土真宗では毎日がお彼岸といってもいいでしょう。
 
       合 掌
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