ホーム>立徳寺だより>法話>後生の一大事を心にかけて ~死への心構え~
法話

後生の一大事を心にかけて ~死への心構え~

だれのひともはやく後生ごしょう 一大事いちだいじを心にかけて、阿弥陀仏あみだぶつとふかくたのみまいらせて、念仏ねんぶつもうすべきものなり 。    文章・五帖十六通)

今月いただきましたのは、蓮如上人のお手紙「白骨の御文章」の中の一文です。
 
皆さんは死への準備はできていますか。この時期、受験や就職などを控えた方々は、その一大事に備えて、勉強や準備に力を尽くしています。ところが、人生の最大の一大事ともいえる死に対しては全く準備していないように思います。
 
経済の発展や医療の進歩が著しい現代においては、高齢化が進み、なおさら自分の死を見つめることは難しいのかもしれません。ほとんどの人が何の心構えもないまま死に臨んでいます。
 
本当は誰しも生まれた瞬間から、死に向かって歩き続け、いつそれが訪れるかも分からないのにもかかわらず、自分の死など遠い未来のように遠ざけてしまっています。身近な人の死や自分が重い病を患って初めて、死の不安や生きていく意味を考えることができるのかもしれません。
 
仏法は私がこの世に生まれた意味、死の不安を乗り越えていく世界を知らせてくださるものであります。
 
以前の寺報でも取り上げさせていただきましたが、『癌告知の後で』という本を書かれた、鈴木章子(すずきあやこ)さんという女性がおられました。この方は北海道の浄土真宗のお寺の坊守さんですが、癌を患い、四十七歳という若さで、四人の子供と旦那様を残して、お亡くなりになられました。その鈴木章子さんがご生前書かれた詩をご紹介します。
 
死の別離の悲しみの向こうに  大いなるふる里の
 
灯りが見える     慎介、啓介、真弥、あなた   
 
この灯りをめざして    歩んで欲しい    あなた・・・
 
 私の還ったふる里    子供達に教えてあげて
 
 
鈴木章子さんは、阿弥陀如来様の教えに照らされ導かれることで、癌と共に生きる人生、自らの死という不安に直面しながらも、必ず私を浄土という命のふる里へ迎え取ってくださる、阿弥陀如来の救いを喜び、すばらしい人生を謳歌していかれました。
 
蓮如上人が語られる「後生の一大事を心にかけて」とは、死の不安や苦しみから抜けられずに、むなしい人生を送ってならないと、深い戒めが込められています
 
必ず救うと誓われた阿弥陀如来様の慈悲に出会わせていただく時、私がこの世にいのちをいただいたのは、その教えを聴かせていただくために与えられた一日一日であり、心強さと安心の中でお念仏申すために恵まれた人生であると気付かせていただけるのです。
 
 
 
        合 掌

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.ryuutokuji.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/63

ページ上部へ