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坊守の俳句エッセイ

学生のファッション眩(まぶ)し夏来る   釋法蓮(法子)

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この句は、私が5年前に宗門校である武蔵野大学大学院の修士課程に在籍していた時に作ったものです。私は社会人として入学していたので、もう三十路でした。学友も学部を出たての二十代前半から初老までと幅広く、色々な立場の方が集まっていました。十年ぶりのキャンパスはとても新鮮でした。とりわけ目を引いたのが、やはり学部生の子たちです。夏になると服装はなおカラフルになり、ケータイ片手にサンダルやミュールで階段をカンカン音を立てて上がる姿は、カルチャーショックでもあり、とても新鮮で眩しく映りました。もう私には決して出来ないファッションです。

思えば、大学時代の私は勉強に打ち込んだ訳でもなく、かといって遊びに走った訳でもなく、これといった目標もない毎日でした。ただなんとなく大学に通い、これでいいのかと思いながらも、漠然とした将来への不安を抱えて過ごしていたように思えます。きっと今の学生である彼女たちも同じ気持ちなのではないでしょうか。派手なファッションやメークは、そんな不安な気持ちを誤魔化しているようにさえ感じるのです。

 この句は、二度と来ない青春の真っ只中にいることをしっかりと胸に、今という時を謳歌してほしいという、私のアネゴ目線の気持ちなのです。しかし私は思いもかけず、その後大学院で再び、キャンパスの青春気分を味わうことができました。両親や有縁の方々に深く感謝をいたしております。

 

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